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わかんなくても当然ダイバーシティな和田彩花をアッチャアッチャする

川崎で行われた『恋はアッチャアッチャ/夢見た 15年』の発売記念トークイベントで、アッチャアッチャのMVのラストシーンが“あやちょのウェディングドレス”だった事で起きた修羅場が明かされたらしい。

「結婚だけが女性にとっての幸せなゴールではない」と散々訴え続けてきたのに、ウェディングドレス姿で送り出すシーンを撮るという事を撮影当日にサプライズで知らされて大泣きしてブチ切れたと。

これ、一般的にはどう思うんだろう?意味がわからないってなるんだろうか?僕は、あやちょらしいなと思うと同時に、ああ、やっぱりかと笑ってしまった。

前に『恋はアッチャアッチャ』のレビュー記事を書いた時に、僕はラストシーンについては意図的に外して明言を避けた。MVの面白さにスクショをひたすらポチポチしていて、あのシーンになった時に「あれ?」と違和感を感じたのだ。あやちょのアップで振り向くカット、あれの表情に言いようのない違和感があった。

決めのアップカットなのに物凄く含みのある表情。素直な笑顔が出来ていないように思えた。まあ、その後のダンスは普通に笑顔だったから、この時は気のせいかな?なんかモヤっとするけどな、くらいに思っていたんだが。

撮影監督は和田彩花という人間を知らないから、当然『幸せな送り出し=ウェディングドレスでしょ』となるのは普通の感覚だとは思う。安直だが。それに一般的には「うわー!きれー!」と純粋に喜ばれるだろう。ただ、相手は和田彩花である。事務所サイドは彼女と散々やりあってきたのを忘れてしまったんだろうか。

普段の言動や行動を見ていれば、あやちょが安直な『女性の幸せ=結婚』に拒否反応を示すのは分かるはずだ。『モネとマネ』を混同されるのと同じくらい嫌う事を知っているはずだ。普通なら撮影前に衣装のフィッティングもあるから、撮影当日に揉めるなんて事はなかったと思う。事務所側がそれを見越して隠していたのか、いや恐らくサプライズしたい気持ちが先行しすぎて相手が置いてけぼりになってしまう典型的なパターンだったのだろう。

先日、オードリーのANNにテレ朝の弘中アナがゲストで出演していて若林に「結婚願望あるの?」と聞かれ、返す刀で「私、結婚ってしないといけないのかなと考えている人間なんです」「なんでこうも世間は結婚しないといけないのか、または『結婚=幸せ』と考えているのか」とバッサリ斬っていた。そんな事を聞く事が「ダサい」と。

あやちょの主張は、まさにそれだ。

そもそもでアンジュルムを苦渋の決断で卒業する彼女自身が『価値観の押しつけ』をしていたんじゃないかと事あるごとに答えている。彼女はずっとアンジュルムでいたかった。でも、それは和田彩花個人の気持ちであって、他のメンバー全てが同じ考えではないという事に気付いた(気付かされた、のかな)。十人十色でそれぞれの価値観や考え方、人生があるんだから自分一人の気持ちでグループを動かし続けるのはエゴでしかないと。彼女がよく言う「夢から醒めた」という表現は、それを指すんだと思う。

アンジュルムの『46億年LOVE』の歌詞で

誰も彼も きっとちがう同士
わかんなくても当然ダイバーシティ

というくだりがある。昔は右にならえで同じ方向を見ることが正義だった。だが「そもそも物事は一次元的なモノなんて無く『立ち位置が変われば見え方が変わる』という事を認識しましょう。自他の違い、それぞれの価値観を尊重し『視点の多様性』を共有しましょう」という考え方がダイバーシティだ。そして、アンジュルムというグループの良さこそ、このダイバーシティだと和田彩花は訴え続けてきた。

おそらく普段ならここまで激昂する事もないだろう。なんだか「表へ出ろ!」くらいの勢いで号泣してブチ切れたらしいが、それは最後のMV撮影になっても自分の価値観や主張が伝わっていなかった事が絶望的に感じたからだと思う。ダイバーシティを掲げていた彼女が画一的な価値観に押し込められる事は何よりも辛い事だ。最後の最後くらい、あやちょが気持ちよく笑顔で終われるように彼女を尊重して欲しかった。

まあ、でもたぶん事務所は彼女がそんなに怒るとは思わなかったというのが本音だと思うけどね。ただ、それが余計に彼女としては悲しかったんだと思うよ。そんな軽い考えだと思われていたのか、と。

「あやちょ面倒くせぇ」って思う人も多いだろう。だけど、24歳でここまで確固とした主張を持っている女性に育った事を喜ぶべきかと思う。エッグ時代、スマイレージデビュー当初の彼女からは想像も出来ない人間に成長した事は「アッチャアッチャ」と讃えて欲しいものだ。


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