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キリンとラムネ

 キリンちゃんは泣きながら自転車を漕いで居た。ラムネくんはしきりに「早く帰れよ」と言った。だって、もう日付を回る時間だから。危ないから。でも電話越しだから、強制力を持たない。「帰りたくない」キリンちゃんは言った。家族とも恋人ともギスギスしていて、キリンちゃんはもう限界だった。ラムネくんとの電話は最終手段なのだと言った。「男はみんな我の強い女は嫌いだよね」とキリンちゃんが言うから、画面越しに私とラムネくんは笑った。「主語がでかいなぁ」「俺は嫌いじゃないけどな」ラムネくんの今の恋人も我が強いらしい。「だんだん寒くなってきた、さっきまで暑かったくせに」キリンちゃんが呟いた。「早く帰った方がいいよ、風邪引くぞ」ラムネくんが言った。それでも、家に帰りたくないキリンちゃんの為に、彼は色んな話をした。キリンちゃんの家族や恋人とは全く関係ない、ヘンテコな話。みんなそれぞれの場所に居ながら、同じものを見ていた。トーク画面に貼られた、アライグマとか、おもちゃとかの写真。ラムネくんは優しいなぁと思った。だから、キリンちゃんは二日連続で彼に電話をかけたんだろうなと安易に想像がついた。彼は現実の問題に大げさに共感したり同情したりアドバイスしたりしない。ただ、関係のない話を延々とするだけ。だから、キリンちゃんは泣きながら電話できるのだ。彼女は今、どれだけ救われているのだろうと思った。

 キリンちゃんが本音で感情をぶつけられるのは、ラムネくんだった。多分、私が今日グループ電話に誘われたのは、二日連続ラムネくんと二人で話すのは、ギスギスしているとは言え、恋人に対して気が引けたからだろう。キリンちゃんの話を昨日に引き続き、ずっと聞いてあげているラムネくんはすごく優しくて、見習いたいとさえ思う。でも、今ここにいる3人にはそれぞれの恋人がいて、そのキリンちゃんの恋人、ラムネくんの恋人、私の恋人がこの状況を知ったらどう思うのかを想像すると、今日のこの状況をどう評価して良いのかわからなくなった。私の恋人はキリンちゃん、ラムネくんの共通の友人なので、このグループ通話に誘ったのに、LINEはずっと未読のままだ。その旨を伝えると、ラムネくんが呟いた。「そうかぁ、なんかあいつに悪いなぁ」そうかも知れない。でも、今の恋人の全く知らない、元恋人同士で、二夜連続で深夜に通話しているキリンちゃんとラムネくんの方が罪深いと思う。

 私は寝落ちしてしまった。朝起きて履歴を見たら、キリンちゃんとラムネくんはそのあと一時間以上話していたようだ。ねぇ、キリンちゃん力になれなくてごめんね、無事におうちに帰れたのかな。どうか、キリンちゃんの心が少しでも穏やかになりますように。

 それと、私は私の恋人が元恋人に助けを求めるような状況にならないように、彼のことを大事にしたいと思う。一昨日からLINEの返信が来ない。体調でも悪いんだろうか。

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