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『葛藤』1章 ホーム | 短編小説



1節 波に揺られて

暗闇の中に身体からだが浮かんでいる。
ゆらり、ゆらりと、僕の身体が、意識が揺らいでいる。
音が聞こえる。音叉おんさを鳴らしたような単調な、ひとつの波からなる音。反響するように響き渡り、減衰げんすいしていく。その波に共鳴きょうめいするように脳も揺れている。
緩やかな波に揺られるまま、手足の先から徐々に感覚がなくなる。それはやがて身体の中心まで、脳まで。まるで溶けていくような不思議な感覚。しかし、心地よい。

(このまま溶けてしまったらどうなるのだろう…)
好奇心と恐怖が同時に生まれる。
そんな感情も気にせず脱力感は強くなる一方だ。ぼ-っとする…力が入らない…
もういっそ…溶けてしまおう…


…きて…
…おきて…

「起きて、ホーム」
名前を呼ばれハッとした。いつもの宮殿の天井、身体に馴染んだベッド。どうやら夢を見ていたようだ。
「やっと目を覚ましたね、おはよう」
頭を撫でられる。身体の小さな僕とは違い、ゴツゴツとした手と心地の良い低音の声がとても安心する。幸せだ、この時間をずっと感じていたいと思うほどに。
「おはよう、オーセ」
オーセは僕の恋人だ。そして今日はついに、オーセと結婚する日。なのだけれど…
「どうしたんだ、急に浮かない顔して」
「…」
もちろん、結婚できるなら嬉しいことだ。そう、できるなら…
「心配なんだ、本当に…僕たちの結婚を許してくれると思う?」
「王様のことか?」
ここはトラード王国、"伝統の国"。そして僕はこの国の王子。
「お父様のこともそうだし、国民も…この国で男同士の結婚なんてできる気がしないんだ…」
声に震えが出てくる。少し涙目になっているような気がして、見えないように目線を下げる。
「難しくはあるだろうな」
もっともな言葉が返ってきて心が苦しくなる。目の前にどっと不安が襲ってくる。突然に来る津波であるかのように。
「じゃあ、拒否されたら諦めるのか?」
まさか、だからやめようだとかそういうことじゃない。例え誰に批判されようとも貫き通したい。
「そんな、諦めるわけ…ないじゃん…」
声が小さく弱くなる。自信のなさが現れてしまう。
「でも…だって…」
弱音を吐こうとする。その声は小さく、今にも消えてなくなりそうなほど弱い。
そんな僕を引っ張るように、グッと顔を持ってオーセの方を向かせる。
「だったら拒否されるかどうかじゃないだろ?」
急な行動に驚いたが、その先にはオーセが真剣な眼差しで僕を見ている。
「だから、正面から突っ込んでいこうぜ。俺だって絶対諦めない」
そのまっすぐな言葉が心に突き刺さる。僕は思わず涙をこぼしてしまう。1粒、また1粒と次々に溢れてくる。嗚咽おえつさえ漏れてしまう。
オーセは僕を優しく抱きしめた。全身が包まれる感覚、温かい体温。すべてを受け入れてくれるような気さえする。その中で、涙が枯れるまで…

しばらく経ち、気持ちも落ち着いてきた。その間もずっと僕を撫でてくれていた。
オーセを見る、じっと。自然と口角が上がる。なんだか幸せな気持ち。
オーセは僕のあごを支えて、上げる。
少しの驚きの後、思考がスッと消える。そして目を閉じる。

期待に胸が高鳴る。ドクン、ドクンと音が聞こえてくるよう。聞かれてしまうのではないかと思うほどに強く。

体温が高くなる。おそらく頬も真っ赤になっているだろう。しかし、暑さは気にならない。

目を閉じていても、互いの顔が近づくのが分かる。

それは吸い寄せられるように、もっと近くへ。

もうすぐ触れる距離に_____




「ホーム様!!」
執事が急にドアを開ける。
「うわぁ!!ちょっと!ノックぐらいしてよ!!」
何かをしているのを見られた親と子、もしくは兄弟姉妹かのようなやり取り。気まずい。
「あ…えっと…じゃあ、失礼します…」
ドアを閉めて外に出ていく。
「じゃなくて!!!!」
また入る。コントか?と思わずツッこんでしまいそうになる。
「えぇ…こほん。式が始まる時間が近いですから、急いで準備してください」
起きてから結構な時間が経ってしまったらしい。
(今いいところだったんだけどな〜...)

2節 式典

式とはもちろん僕とオーセとの結婚式だ。しかしここはトラード王国、男同士の結婚の事例はない。式場の運営者もどのようにしたらいいか悩んでるようだ。
1人の準備担当がこちらを呼ぶ。何やら困った様子で話し出す。
「トラードには代々伝わる衣装がありまして…その、どちらかにはドレスを着ていただくことになるのですが…」
もちろんトラード王国伝統のドレスとスーツがあるのは知っていたが、これは予期していなかった。
「スーツを2着用意するのは出来ないんですか?」
「申し訳ございません…職人が作る貴重な品なので、すぐには用意出来ません」
衣装がないから式を延長しますと言うわけにもいかないし、どうしたらいいものか。
そこにオーセが何かひらめいたように言う。
「ドレスならホームが着ればいいんじゃないか?」
「えぇ!?」
いやいや、え?ドレスだよ?女装じゃん。国の王子が女装して結婚式に出てくるのは流石にマズくない?
あからさまに戸惑って目線が泳いでしまう。正直興味はあるんだけど…でも…
「では、ホーム様に着ていただくことにしましょう」
勝手に決まってしまった。いや、むしろこれは堂々と女装ができるチャンスかもしれない。ここは割り切って着ることにしよう。


(本当に着てしまった…)
ちょうど互いの着付けが終わったところだ。そしてオーセに会う。
「かっこいい…」
思わず声に出る。黒で引き締めたインナーに白のスーツのコントラスト。装飾品の中でも取り分け目立つのが胸に付けたオーセの目と同じ青色の宝石。
見ているとオーセも僕を見ていることに気づく。
「いや、その、僕も見てたけど、見られるのは恥ずかしいっていうか…」
慣れないドレスを着ているのだから当然だ。これでもかというぐらいに付けられたフリル。スカートはゆらゆら揺れて足元が落ち着かない。
「可愛いよ」
真面目な表情でそんなことを言う。
「かっ…!?可愛い!?」
流石に恥ずかしくて顔が真っ赤になる。熱がこみ上げてくる。
「可愛いって言われるのは嫌だったか?」
「嫌…じゃないけど…」
小声になってそう言うが、むしろ嬉しさまで覚えてくる。もしかして僕まんざらでもなさそうな顔してる?恥ずかしさで何も分からない。
恥ずかしいのになんでこんなに嬉しいんだろう?
「そろそろ入場ですよ~!」
僕たちを呼ぶ声が聞こえる。
「じゃあ行こうか」

入場間近。
期待と緊張の間を揺らぐ。
外はざわざわとしている。それは祝福か、それとも…
オーセが僕の手を優しく握る。緊張感が和らいでいく。
大丈夫だ。堂々と出ていこう。

入場する。
わっと歓声が上がる。
拍手の音、舞い散る花。
とても華やか。
どうやら僕たちを歓迎してくれているようだ。
その中へ僕とオーセは1歩、また1歩と一緒に歩いていく。


式が進んできた。もう終わりも近い。
この国では最後に指輪交換を行う。そして今、オーセは僕の前に立ち、指輪を持っている。
左手を差し出す。
オーセは指輪を手に近づける。それは薬指へと…
指にはそれぞれ意味があるそうだ。左手の薬指は"愛を深める"
指輪がゆっくりと薬指を通る。
オーセは優しく僕の手を支える。
そして…根元まで進んでいき、完全にはまる。
左手に嵌められたそれは、本来よりも輝いて見える。キラキラと、まぶしいくらいに。

...!?
背中がゾッとする。
強い視線、それもただ強いだけじゃない。殺意を含んだような。
辺りを見渡す。式場がざわつく。今度は、祝福のそれではない。
「トラードの恨み!!!!」
1人の叫び声と同時に矢が放たれる。狙ったのか、ズレたのか、それはオーセの方へ。
「危ない!!」
僕はオーセを押す。自分が当たっても構わないと思った。
矢は速く、気づいたときにはすぐ目の前にあった。

腕に痛みを感じる。

戦いの場など全く出ない僕は、強烈な痛みに耐えられず、意識が…

「んん…」
起きた。さっきまで式場にいたはずだけど…
療養のためのベッドの隣にはオーセが座っていた。
「ホーム!目を覚ましたか!」
ガタッと立ち上がる。そして、安心したように息を漏らす。
話によると、どうやら襲ってきたのはリーベル国の過激派らしい。リーベル国は"自由の国"、そして、オーセはリーベル国の王子だ。
"伝統"と"自由"、その一見相反する2国の王子が婚約するというのが耐えられなかったのだろう。
この2国間で、過去には…過去...?あれ、上手く思い出せない…
「腕に擦れただけで済んだから、しばらくすれば完全に回復するって」
オーセが言う。
それなら…安心した。誰も死ななかっただけで何故か強い安堵あんどを覚える。それは人である以上当然だが、もっと違う何かから…それは分からない。

「それでさ」

オーセが何か思い出したように話し出す。もしかして僕の分からない"何か"が…



「下着までちゃんと女性用なんだね」

全く違った。

「見るな!!!!変態!!!!!!」

あとがき

どうも、ポテト君です!
いつもは数学の話とかプログラミングで作ったものの解説とかを書いているんだけど、今回は方向性を変えたものを書いてみた
全然小説とか読まないし書いたこともないけど、やりたくなったからやってみようかなって感じ
創作においてクオリティをあげやすい方法として経験が深いものほど言葉にしやすい、情景を細かく描きやすいって聞いた覚えがある
だから今回は主人公を僕に寄せてみた
バイセクシャル、今回に関してはBLだけどBLの方が馴染みが深いから書きやすかった、2章でヘテロの恋愛描写を書きたい(というより書けないと既に考えた構成が崩れる)けどちょっと悩みそうな気がする
というのも男性目線からの女性に対する恋愛って作品としてあまり見ない気がする(恋愛の作品はやっぱり女性向けが多いしそうなると主人公も女性になる)から参考にする情報が足りてない、もしかしたら僕が見てないだけで結構あるかもしれないけど
表紙は右がホーム(黒髪、ピンクの目、身長はオーセより低い)で左がオーセ(金髪、青い目、身長はホームより高い)のつもり、絵は描けないからStable Diffusionで出力した
解説みたいなのは最後にやろうと思うよ、想像させてもいいけどやっぱりどう考えて作ったかみたいなのは知りたい派の人間だから

じゃあ、また2章で

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