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時空、空、夕空 2022.09.24

朝起きて洗濯。ズボン類を洗ってベランダに干していく。ズボン類は嵩があるので外干しできる日に限る。朝ごはんにフルフルらーめん。

11時頃に家を出て高槻へ。高槻現代劇場で開催されている「高槻芸術時間」その演目の一つである梅田哲也さんの「inter-lude」を見に行く。

2022年7月に閉館した高槻現代劇場を舞台にしたツアー型のアート作品で、スズキナオさんから「ぜひ!」ということで参加を決めた。地元の人間なのにこのイベントのことを知らなかった上に、現代劇場は初めて訪れる。閉館して初めて訪れるのも変な話だ。

受付に僕の名前がうまく伝わってなかったという小さなトラブルもあったが、予定通り13時の回に参加させてもらえることに。

(ここから先は作品の具体的な話をするので、見たくない人は次の写真のところまでスクロールしてください。この日記を書いている9/25が最終日なのでもしかしたら見に行く人がいるかもしれないので)


高槻市の職員という男性ガイドに案内されてまずはエントランスの説明から、壁画についての話。昔は吹き抜けのエントランスだったが壁を増設して分断されてしまった壁画。
階段を上がり大劇場へ。無表情の女性ガイドに引き継がれ、僕たちは座席に腰掛ける。ホール内には機械音声のようなアナウンスが響きわたっている。ブザーが鳴り、幕が上がる。舞台上には数人の人がいてすぐに別の回の参加者であることに気づく。ある人は呆然と立ち、ある人は礼を、またある人は手を振るなどしている。幕はすぐに降りて僕たちは次の場所に案内される。大劇場の椅子はさすがに年季を帯びていて、座れば軋む。その音に時の流れを感じる。

時をめぐる仕掛けは続く。僕たちは非常階段をくぐり、舞台裏のようなところを通り、さらに別の階段でしたに降りていく。道中、さまざまな道具が意図的なのか自然なのか置かれていて目に入る。○○様ご一行、○○家控え室など、誰かを導いてきたボードの数々。歩いた先に案内されたのは楽屋。メイク台がある辺りに置かれた巨大な鏡のキューブ。どうやらここは、結婚式などでメイクをするところだったのだろう。楽屋を出て向かったのは結婚式場。椅子が放射状に並べられ、中央には高さ30センチくらいのところにミラーボールが回る。数多の人を照らしてきたミラーボールが最後の時間を惜別するように淡く室内を照らしていく。式場を出て男性ガイドが話をする。この式場が完成して2年間で1500組の結婚式が行われたこと、2000年代に5組の結婚をして役目を終えたこと。

僕たちの足は続いて会議室のような部屋に向かった。ガイドの人が外に面した窓を開けて、普段は通らない狭くて細い石庭のような道を案内する。賽の河原のように石が積まれている細い道。垣根の隙間から伸びた手が石を転がすどこか不気味な空間。そういえば、エントランスにも不自然に積まれた石があった。そして細い道を抜けて隣の会議室へ。そこには円形に並べられた石のインスタレーションがあった。妙に呪術的な空間だ。

それから館内を縫うように進んでいく。石のインスタレーションを通ったからか、どこか胎内巡りのような、高槻現代劇場という歴史ある建物の身体の中を巡り、時間の残滓を浴びているような、そんな静かでどこか儀礼的な気持ちが帯びてくる。

エレベーターホールに着き、そこに置かれたタープレコーダーから流れる機械音声にしたがって4階に上がる。いつの間にかガイドはいない。4階に上がるとどこからともなくピアノの音が聴こえてくる。バッハのメヌエットだ。参加者の一人が音のする方へと足を向けると、僕を含めた他の参加者の足もそちらに向かう。とある部屋に入ると、薄暗い中で女性が一人、ピアノを弾いている。緑のワンピースにオレンジの靴下(そういえばガイドのネクタイ、このイベントのポスターにはオレンジが使われている)に髪を上で結ったピアニスト。一人、また一人と用意された椅子に腰掛けていく。メヌエットの演奏は続く。やがて天井や壁の照明が灯る。ピアニストが鍵盤から手を離す。メヌエットの演奏は止まない。どうやら自動演奏、もしくは機械再生のようだ。緑のワンピースのピアニストが室内を歩き回る。カーテンを開けて扉を開けてこちらに向き直り微笑む。室内を雨垂れのような金属音が鳴り響き、ピアニストの手招きに導かれて僕たちはピアノの部屋を出る。そう、僕たちは導かれている。ガイドに案内されるのでも、自由に動き回るのでもなく、高槻現代劇場という空間に、梅田哲也というアーティストに導かれるように建物の身体を動き回っている。緑のワンピースのピアニストに導かれたのはバルコニーのような場所。快晴の空をピアニストが見つめ、ゆっくりと宙空を指差す。僕たちがそちらを見ると、ピアニストは微笑みながらバルコニーから姿を消す。しばらくして彼女が指差した先に旗がのぼる。白い三角形の旗だ。すると上の階から緑のワンピースのピアニストが満面の笑みで手を振っている。旗が降りる。すると突然バルコニーの扉が開き、作業着の無表情な長髪の男が現れる。この男性が次のガイドのようだ。

彼に導かれたのは無機質なコンクリート打ちっぱなしの空間。彼は一言も話さないし表情もない。彼のジェスチャーで僕たちは一列に並ぶように指示をされ、ゆっくりと足音を殺して歩く。下を見ると先ほど歩いた石庭を、他の参加者が歩いている。多くの人が上から見られていることに気づかない。なぜなら歩きにくい砂利道、垣根から伸びる手、積まれた石に意識を奪われているからだ。僕も気がつかなかった。この作品の特徴が観る-観られる関係が絶え間なく転倒していくところにあるのだと気づいた。

それからかつて営業していたレストラン「錦松鶴」を通る(ここでも無表情な男が不思議なパフォーマンスをする)。そして最後の舞台へと場所は移っていく。この作品のフィナーレだ。建物を抜けた先に案内されたのが舞台裏。そこに参加者が一人ずつ並ぶ。ブザーが鳴り、幕が上がる。眩い光に包まれて、僕たちの姿が観客席に晒される。この劇場で繰り返されてきた時間、たくさんの喜びがあり、もしかすると悲しみもあったかもしれない。自然と緊張が走り、光の向こうに客席の姿を見る。意外と客席は遠い、顔は分からない。しかし晴れやかな気持ちがする。僕は小さくお辞儀をして幕が閉じるのを待った。

これで作品は終わり。とてつもなく重厚な時間と空間のもつ神秘的な部分に触れたような気がしてものすごく感動した50分。すごかった。



受付で梅田さんのTシャツを買い現代劇場をあとにする。

それから鶴橋に向かい、李李飯店さん、タイさん、らるぷりさん、ユキパシさんと合流して焼肉へ。念願の焼肉・空だ。

ものすごい勢いでホルモン、米、ビールが減っていく。そして何よりユッケジャンスープが美味すぎる。一瞬で食べ終えてしまう。

それから喫茶店に流れてコーヒーを飲む。美味しいお店の話やインターネットの話、音楽やゲームの話で盛り上がる。

16時前に焼肉を食べ終えたからか、早めの夕食といった感じで夜が長く感じてお得感がある。喫茶店を出ると外は涼しいがまだ明るく散歩することに。

真田山公園に行き散歩をする。李李飯店さんのスラィリーの撮影をする。sigmadp2quattroはこれくらいの時間が綺麗に撮れるので良い。

楽しかった時間はあっという間に過ぎて解散。僕は歩いて上本町方面へ。途中見つけたたこ焼き屋でたこ焼きを買って帰る。家に帰ってリコリス・リコイルの続きを見ながら飲酒をして眠った。

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