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アクロイド殺し、萌えた

アクロイド殺しは、アガサ・クリスティの有名作品のひとつだ。発表当時は物議を醸したそうで、オチも有名だが幸運なことに私はまっさらな状態で読んだ。
しかし衝撃だったかと言われると、そうでもなかった。これは私がミステリをいくつか読んでいたからと、前評判の「映像化不可」のアオリでオチの予想がついたせいだ。
だがそれがアクロイド殺しの評価を下げるかというと逆だった。アクロイド殺しは今まで読んできたミステリの源流だと分かりむしろ尊敬した。

それでもオチが分かったならつまんなかったんじゃない?と言われると、これがドチャクソ面白かった。語り手の医者とその姉に萌えまくり、100点中1兆点。
断言してもいいが、この話で(途中まで)一番魅力的なのは語り手の姉・キャロラインだ。そして終章でいきなり怒涛の追い上げを見せるのが語り手である弟だ。
全てのオタクはこの医者が好き(確信)。

犯人のネタバレあります。未読の人はそもそもこれを読んでないと思うがマジで気を付けてほしい。






医者、なんにも反省してなくない?すごい萌えた。
夫人を強請りすぎて殺したの悪いと思ってないし、次の殺人もどうとも思ってない。何冷静に蓄音機仕掛けとるんだ。ポアロを馬鹿にしたろと思って手記を書いてるのも性格が悪い。

しかしその医者のどこに萌えがあるのか。それはポアロのこの台詞に尽きる。ポアロは医者の手記を読み、下記のようなことを述べる。
「主観が目立たず事実を記している場面が多い。家族(キャロライン)との描写だけに人間味がある」と。

さきほども触れたが、手記と鑑みると殺人の痕跡を隠す為とはいえ、この医者は冷たいのである。繰り返しになるが、終盤から序盤に戻ると、夫人の死に少しの同情をしてないことが分かる。どうして犯人と分かるまでそれが読者に分からなかったかというと、作中の人物たちが彼に寄せる好意と信頼。そして姉のキャロラインのせいだ。

鬱陶しく忌々しい姉として登場するキャロラインに、語り手はなかなか勝てない。噂好きのスピーカーとしてくさしながら、時々皮肉でちくりとやり返す程度だ。
はじめは「厄介な姉がいて医者が可哀想」と思うが、キャロラインが頭が切れる頭領の風格を備えているため、語り手の苦労がどうでもよ……否。微笑ましくなってくる。
(姉に勝てる弟などいない。それがグローバルスタンダードだったとはね……)

しかし、ポンコツな日記ちゃんと違い、ポアロは一流の探偵であるだけでなく、読み手としても有能だった。ポアロはキャロラインといる時以外の医者の冷淡さを見抜く。
終盤に至り、読者は医者が誰にも心を寄せていなかったことに気づく。誰からも信頼され、秘密を打ち明けられ、ただ一人この村で会えて嬉しい友と言われても、彼は決して同じものを返してない。

勿論クリスティは意図して医者の冷淡さを読者に気づかせないようにしている、その立役者がキャロラインだ。キャロラインによって引き立てられる医者の人間味で、実際はそうでないのにも関わらず、医者が『ワトソンかのような』錯覚を誘う。
だが、その上で彼が唯一(認めないかもしれないが)愛の籠る筆致で描写したのが実姉という事実に胸が打たれる。

最後まで彼は姉への愛情を口にしない。それでも、はじめの憎々し気で、うんざりした供述すら、最期の選択を思えば、言葉通りにはならないのだ。

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