HBO製作 チェルノブイリ ーCHERNOBYLー 感想

2022年、ウクライナのチェルノブイリにロシア軍が侵攻したニュースは覚えている人も多いだろう。
ウクライナ側の兵士は反撃出来なかった。原子力発電所で発砲は出来ないからだ。
結局1ヶ月程でロシア軍は撤退した、原子力発電所の10km圏内で塹壕を掘った兵士が被爆し病院に運び込まれたからだと報道されている。兵士たちは職員が止めるのも聞かず、防護服を着ずに死の森を歩き回り、素手で放射性物資に触れ汚染水を飲んでいたらしい。
この行いはウクライナから批判を受けているが、ロシア軍には(少なくともチェルノブイリを占拠した兵士たちには)、全くチェルノブイリの知識がなかったようなのだ。



HBO製作の「チェルノブイリ ーCHERNOBYLー」は1986年に起きた旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所の事故を描いた全5話のドラマだ。

事故の2年後、テープを吹き込む中年男性の場面からドラマは始まる。男は言う。
「チェルノブイリ原子力発電所の責任者の一人のディアトロフは事故の後、病気にも関わらず10年の禁固刑になった。この刑罰はふさわしくない。彼にふさわしいのは死だ」

男はテープを隠した後自殺する。
そして場面は2年前のチェルノブイリ、事故当日の発電所に移る。

はっきり言って、このドラマはかなり怖い。1話は事故当日のチェルノブイリの描写に終始する。

冒頭で死が相応しいと言われている現場責任者のディアトロフは、発電所の爆発後、部下から炉心が爆発した報告を受けるが信じない。怒鳴り、脅し、職員に炉心を冷やす命令を繰り返す。

職員たちはディアトロフの命令に従い、被爆していく。しかし本当はディアトロフの命令に意味がないと理解しているため、危険な作業に向かおうとする職員をその同僚が止める。炉心がなくなってたら、炉心を冷やす命令に意味はない。
しかし止められた職員は言う。

「本当に炉心がなくなってたら、どうするんだ」

そうだったら余計に酷いと言って、結局作業に向かってしまう。
蛇足だが未視聴の人に説明すると、彼らはディアトロフの強権的な態度のせいだけで従っているわけでない。

実は私は、1話でディアトロフに共感していた。高圧的に振る舞っているが彼は途方にくれている。報告される度、炉心の爆発は有り得ないと1話で登場人物たちは繰り返し怒り、2話以降も大きな謎として終盤まで持ち越される。

つまりチェルノブイリ原子力発電所事故発生時点で、炉心の爆発は全く想定されてなかった。

だからディアトロフは冷却に拘り、職員たちは間違いに気づいていてもやらざるを得ない。彼らはどうしたらいいか分からないのだ。

事故当日のチェルノブイリには、炉心の爆発の事実を受け入れ指示を出せる人物がいなかった。2話に登場する副議長のボリスとレガソフ博士が現れるまでは、炉心の爆発は問題として議論のテーブルに上がる前に叩き落され続ける。

結局ディアトロフは炉心がなくなったと報告せず、事態を矮小化させて報告する。集まった町の有力者たちから、避難をするべきではと声が上がるが、国のことは国に任せるべきだと老人が封殺する。

町には死の灰が降り、救急隊員たちは散らばる黒い石の正体を知らずに触れる。若い職員は施設の汚染水の中を進みながら自分のせいだと泣く。

放射能に侵されていく町を映し、1話は終わる。

………………見た人は気持ちを分かってくれると思うが、これがまだあと4話もある。

2話は問題解決のため、無機化学者のレガソフ博士とソ連の副議長・ボリスがチェルノブイリに赴任する。2話以降、この二人を主要人物にしてドラマは展開する。

ボリスは事態を甘く見てレガソフ博士の言うことを聞かない、黙らせようとする――ように見えるが、案外はじめから話を聞く。
荒い言葉で高圧的に見えるが、レガソフ博士が(レガソフ博士はチェルノブイリ赴任により寿命が縮むことを唯一理解しており、恐らくそのせいで荒っぽくなってる)炉心の真上を飛ぼうとするボリスにブチ切れれば……というより形振り構わず説得にかかれば、謝罪はしないものの、ヘリのパイロットが命令に背くことを咎めない。
少なくともドラマでは話が分からない人物ではなく、放射能の知識はないが無能ではない人物として描かれる。

炉心の爆発が事実と分かれば、隠ぺいを図る責任者を「つれていけ」の一言で更迭し(ここは地味に怖い)、ハイペースに物事を動かす。

意外に感じたのが、事故発生から2日で住民を避難をさせていることだ。チェルノブイリは隠蔽により被害が広がったと聞いたことがあるため、対応が早く感じたが(各国にばれたから避難させられたと仄めかされてもいる)、しかし起きてしまった時点で、どれだけ急いでも遅いと出来事たちが告げる(ちなみに調べるとチェルノブイリの住民たちではなく、30km圏内の住民たちの避難が遅れたと出てきはしたから、このことかも?)。

さて、普通のドラマならこのあたりで実直な科学者と頑固者に見えるが有能で度量が広い老政治家のタッグにわくわくするところだと思う。脚色を交え希望を垣間見せ、ああいい話だな、と最後には連れてってくれる。

そうならない。

ボリスの態度は2話の中盤で既に軟化している。住民の避難に焦るレガソフ博士をなだめようとするが、レガソフ博士は耐えきれず叫ぶ。
自分たちの寿命は5年だと。

我に返り、すぐレガソフ博士は謝罪するが、ボリスはショックを受け、しばらく気が抜けたようになってしまう。
だが彼らは事故対応をしなくてはいけない。2話も炉心に砂を撒こうとしてヘリが墜落し、消火作業で溜まった水を抜かないと原発が爆発すると判明したりで、2人のショックはフォーカスされ続けない。ボリスの衝撃は「チェルノブイリ」のドラマの、1時間の内の数十秒でしかないのだ。
病院には患者が溢れ、橋で火事を見物してた男は赤ん坊を連れていってくれと隣人に懇願する。看護婦は患者と隣人を遠ざけ、行けと言う。

2話ラストでは施設の水を抜く職員を3名選出しなくてはならない。作業を行うものは致死量の被爆をして1週間しか生きられないが、水を抜かねば、3日以内に原子力発電所が爆発する。

しかし候補者たちは、隠されてても作業が危険だともう分かっているので、当然やりたがらない。金をもらっても死ぬんだろうと候補者の男は言う。至極当然である。

気力がなくなったように放心していたボリスは、この場面で顔つきが変わる。立ち上がると、まともに答えられないレガソフ博士に代わり言う。

この事故を起こしたものを憎む。痛みを憎む。しかし誰かがやらねばならない。

先も書いたが、候補者が言ったことは本当にその通りだ。しかし恐ろしいことにボリスが言ってることは正しい。

これを聞き、3名が手を挙げる。

一見ヒロイックな場面だ。
しかし他国の人がどう思うか分からないが、日本人はこの場面で複雑な気持ちになる人が多いのではと思う。
ボリスの演説は素晴らしいしこの3名は確実に善人だ。だが気分が高揚するどころか暗澹とさせられる。彼らがどうなるか分かるからだ。

このドラマでは献身と英雄的行為は、良きもので報われるのではなく、苦痛と死につながっていく。
そしてそれはフィクションではないと知っている。

2話は、決死隊が施設に入り、トラブルが起きるところで終わる。

3話は軽く触れるに留める。
被爆した人たちのその後と、何故事故が起きたかの調査が行われる。この話が一番つらいという感想も聞く。
このドラマには珍しい、気風がいい炭鉱夫たちのふっと笑えるシーンがある。
そしてはじめてエンディングに音楽が流れる回だ。

4話は後始末をする人たちの話がメインになり、若い青年が、置き去りにされたペットを駆除する仕事を任されるところから始まる。

4話も事実に即してるだろうが、製作者の意図をより感じなくもない。チェルノブイリで事故処理の作業する人間たちは英雄的行為を行っているが、それが非人道的な行いを意味することも多い。

ボリスとレガソフ博士たちは難題にぶち当たっていた。新しく加わったタカラノフ少将と散らばった黒鉛をどう片付けるかを議論する。

人間には絶対に任せられない。死ぬから。ということでロボットを使おうと話がまとまり、ドイツからロボットが送られてくる。

結論から言えばこれは上手くいかない。途中でロボットが壊れてしまう。ーーしかし、おかしい。なぜ壊れるのか。放射能に耐えれるロボットを頼んだはずなのに。

次の場面では、いきなりボリスが怒り狂い電話を壊して政府を罵倒している。レガソフ博士とタカラノフ少将は沈鬱な表情でそれを眺める。壊れた電話を引きずりながらボリスは、政府がロボットが耐えなければいけない放射能を低くドイツに伝えていたと説明する。壊れて当然だった、と。

もはやここまで来ると、作戦会議はやけくその様相を呈してくる。当人たちは笑いすらするが、状況はどん詰まりなので、これは深刻過ぎるがゆえの笑いだ。
政府がアメリカに頭を下げる訳がないので、どこからロボットを調達すればいいか、いよいよ手がなくなっている。

そんな中、レガソフ博士は「バイオロボット」を提案する。なんだそれはの反応の2人に、博士は「人間」と説明する。
2人は言葉も出せないが、ドン引きや拒絶してるのではなく、これは受容の沈黙だった。

こんなにひどい話はないが、意識を引かれるのは、この時のレガソフ博士だ。
まずバイオロボットという言い方。人に作業させるわけにいかないから「ロボットでの作業」を模索していることを前提としている。

博士が人道的な人間だと知っているため、批判する気は起きないものの、「バイオロボット」は大袈裟ではないが茶化しのニュアンスが入る。
次に2人が無言でいる時の表情。「ん?」という顔にも見えるのだ。「そうするしかないでしょう?」

万策尽きているため、彼の提案が通ったシチュエーションはすんなり入ってくる。
しかし明らかに、前話までの「人道的立場のレガソフ博士と非情な決定を下すボリス」の立ち位置の入れ替わりが意識されている。

ここでは動物を殺すのに慣れていく青年がレガソフ博士にオーバーラップする。
戦争で人を殺した男は言う。「人を殺すと、その前の自分には戻れないと思う。だが、次の朝も俺は俺だった。人を殺した俺も昨日までの俺と変わらず俺だった」

これは真実かもしれないと思う。

こうして黒鉛の除去に、人間が駆り出されることになった。そして4話の終盤、レガソフ博士は炉心の爆発の謎を知る。

5話(最終話)では、裁判が行われる。
レガソフ博士はKGBから職員たちのミスと証言するよう脅されているが、一方で真実を話すよう仲間から求められていた。
炉心の爆発の真実を他の科学者たちに知らせるべきだと。

しかしKGBに目をつけられてるわで、レガソフ博士は言う。
「自分は命を捧げた。まだなにかしなければいけないのか」

これもごもっともだろう。
しかし仲間ーーホミョク博士は真実を話せと繰り返す。

4話の感想で、私は戦争に行った男が「自分は変わってない」と言うのを真実かもしれないと書いた。あれは良い意味でも、悪い意味でもそうかもしれないと思ったのだ。

レガソフ博士が命をかけたのは、そこにどうしようもない問題が発生していたからだ。見てしまえば、やらざるを得なくなる種類のものがこの世にはあるのじゃないか。そしてホミョク博士もそうだったのではないか。

その場に立たされ、やらざるを得なくなったのがレガソフ博士にとってのチェルノブイリではないかと。

レガソフ博士は裁判で語る。チェルノブイリの事故は人災だったと明かされていく。
杜撰な管理。安全意識の欠如。ディアトロフの行動の問題点が詳らかになっていく。

そして、仲間の要請を容れ、国が隠蔽していた原子力発電所の欠陥を指摘する。

酷いのが、国は欠陥に気づいてなかったのではないところだ。隠蔽だった。
4話かけてチェルノブイリの事故が引き起こした悲劇を見た後だから、衝撃も大きい。

それを聞いたディアトロフの目に光が戻り、驚愕したような表情でレガソフ博士を視線で追う。しかし本当にはレガソフ博士を見ていたわけではないだろう。

彼はこれまで真実を求めるホミョク博士の質問を躱し、協力的な態度を見せなかった。だがずっと原因を考え続けてきたのだと、この時のディアトロフからは伝わってくる。欠陥があると知っていたら、ディアトロフの行動も変わったはずなのだ。

嘘の代償について語るレガソフ博士の声でドラマは締めくくられ、エンディングでは人々のその後が語られる。
ゴルバチョフはこう発言したらしい。ソ連解体の真の原因はチェルノブイリだと。

国がひとつなくなる人災だった。






私がのんびり者なのはあるが、ロシア軍がチェルノブイリを占拠したニュースをはじめて見た時、「危ないなあ」くらいの感想だった。
軍が被爆して撤退したと見た時は、あほだねえと思った。ロシア出身なら知っているだろうに。

しかしドラマを見たあと、再度このニュースを見つけてぞっとした。チェルノブイリ原子力発電所の職員は占拠されたときを思い返して言う。
「放射能で死ぬか銃で死ぬか分からなかった」

無知なロシア軍の兵隊がチェルノブイリを占拠したことは、ウクライナ国民は怖いなんてものじゃなかっただろうし、今更だが海の向こうだからといって他人事じゃなかっただろうので、撤退してくれて本当によかったと思う。数年遅れだが、巻き添えはごめんだと思ったであろう世界の人たちの気持ちがわかる。

ロシアの兵隊がなんで知らないの?と、もう馬鹿にも出来ない。当人たちが知らないことより、なぜ知らされてないかの方が問題だろう。

固い内容になってしまったが、賢者は歴史に学ぶというが、賢者がどうこうより学ばなければやばいことというのはあるのだなと思った。とにかくすごく怖いドラマだった。

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