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ワタクシ流☆絵解き館その177 カラー画像で復元・第2編―明治の画家たちを魅惑した名画集。

「西洋近世名画集」は、明治38年(1905年)から翌39年に、近代画報社から月一冊発行で出版された名画集。ここには、西洋絵画の技術を習得しようとする絵描き志望者たちには、手本とすべきであったフランスの官展系の画家たちの作品が多く掲載されていて、明治期の西洋美術受容の足跡を辿るうえで、貴重な資料となっている書籍だ。
現在では圧倒的な人気を集める印象派(1874年に第1回展開催)の画家たちの絵画は、明治38年当時、日本での紹介はまだ遅れていた。
選者は、浅井忠、小山正太郎、黒田清輝という当時の画壇のトップ。しかし、出版当時はまだモノクロ図版で、現在見ると鑑賞上不満が残る。
そこで前回に続き、この名作集に掲載された絵を、改めてカラー図版で見ようというのがこの記事の趣旨。紹介するのは、「西洋近世名画集」シリーズのうち、明治38年11月発行のもの。

■ レオン・ジョセフ・フロランタン・ボナ

レオン・ジョセフ・フロランタン・ボナ 「絶望」 制作年不明

レオン・ジョセフ・フロランタン・ボナ ( 仏 1833ー1922)  肖像画家。
青春期をスペイン、マドリードで暮らす。芸術アカデミーのサロン審査員。エコール・デ・ボザール (17世紀パリに設立された高等美術学校) の教授からやがて学長へ。
明治38年の「西洋近世名画集」出版当時の、フランス画壇の重鎮である。
その端正かつ流麗な描写がわかるボナの作品例を、下に掲げる。今日ではやや退屈にも思える生真面目さだ。
しかし、名作集には欠かせない画家という認識が、選者にあったことを思わせる。

フロランタン・ボナ 「ルイパスツールと孫娘」 1886年 パスツール美術館蔵

■ ウィリアム・ブレイク・リッチモンド

ウィリアム・ブレイク・リッチモンド( 英 1842-1921) 肖像画家。彫刻家。ステンドグラスとモザイクのデザイナーと多才の芸術家。
ロイヤルアカデミーオブアーツ (1768年に設立された民間資金による芸術機関) に学ぶ。
掲載の画「ヴィーナスとアンキセス」は、装飾性を用いた味わいを見せるため、選ばれたのだろう。

原画の右端、左端が少しトリミングされて掲載されている。
リッチモンド「ヴィーナスとアンキセス」1889―1890年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
「ヴィーナスとアンキセス」部分拡大

リッチモンドの肖像画の作品例を、下に掲げる。
注文主の期待に応える肖像画の手本と言える絵だ。

リッチモンド 「エドワードチャールズウィッカム」制作年不明

■ アルフォンス・ド・ヌヴィル

アルフォンス・ド・ヌヴィル  (仏 1835-1885) 裕福な商家の生まれ。
パリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)に学ぶ。従軍した普仏戦争の記録画で知られる。
掲載の画「最後の弾薬」は、動きのある場面を記録的に描写する手本として選ばれているだろう。1870 年の普仏戦争を描いている。

アルフォンス・ド・ヌヴィル 「最後の弾薬」1873年 オルセー美術館蔵
「最後の弾薬」部分拡大

■ イボリット・フランドラン

イボリット・フランドラン (仏 1809-1864) リヨン生まれ。教会・宮殿の装飾画の他、人物画を多く制作。
ドミニク・アングルに学ぶ。サロン画家の勲章、ローマ賞を受賞し、その特典で5年間ローマに遊学した。

イボリット・フランドラン 「若い娘の肖像」 1863年頃

「西洋近世名画集」の出版よりも先に、この絵に目を付け模写したのが山本芳翠 (やまもと ほうすい 1850-1906 代表作に「浦島図」岐阜県美術館蔵など)
1878年に渡仏、パリで大量の模写をした作品のうちのひとつ。
1888年に帰国していて、黒田清輝との面識もあったから、黒田がこの絵について先輩格の山本芳翠から聞いて、名作集の一点に加えたと推測できる。

■ ローザ・ボヌール

ローザ・ボヌール( 仏 1822-1899)  ボルドー生まれ。女流画家の先駆者。
動物の自然の姿を愛し多く描いた。馬の市場や食肉市場で働いた経験が絵に生かされている。画家として成功してからは、パリ郊外に城を購入し、城内にライオンを飼育するなどした。

ローザ・ボヌール「ヌヴェールの耕作」1850年 個人蔵
同じ風景でさらに視野のワイドな作品 「ヌヴェールで耕す」1849年 オルセー美術館蔵

■ レオン・オーギュスタン・レオミット

レオン・オーギュスタン・レオミット (仏 1844-1925) 
ミレーの影響を受け、農村風景を多く描いた。ヴィンセント=ヴァン・ゴッホはレオミットの絵を愛好し、農民を描いた絵のモチーフに影響が見られる。
日本では、坂本繁二郎の初期の作品 (※過去の青木関連の記事で紹介した)に、同様のモチーフが見られるが、大正期に入って盛んに紹介されるようになった印象派・後期印象派からの刺激が新進画家には圧倒的で、レオミット風の現実風景の徹底した写実は、きゅうくつな、面白みに欠ける感じを与えたのではないか。
日本においては、農民画、農村生活画といったジャンルは、体系的には生まれていないと思う。

原画の上端が少しトリミングされて掲載されている。
レオン・オーギュスタン・レオミット「収穫者への支払い」1882年 オルセー美術館蔵

■ ギュスタ-ヴ・モロー

ギュスタ-ヴ・モロー (仏 1826-1898)  象徴主義を代表する画家。
掲載の図版「オルフェウス」はモローの傑作。首の主人公オルフェウスは竪琴の名手だったが、愛妻を失ってからは奏でることを断った。ところが何と、要求に応じないことに怒った女性たちに殺され川に投げ込まれる。流れ着いた彼の頭部を見つけた女性が拾い上げたという、ギリシャ神話の一場面を描いている。
こういう題材でも、グロテスクな雰囲気を伴わず描けるのか、という驚きがこの画集を開いた者にあっただろう。

原画の上端、右端が少しトリミングされて掲載されている
ギュスタ-ヴ・モロー「オルフェウス」1865年 オルセー美術館蔵 

過去の青木繁「わだつみのいろこの宮 」(下の図版 1907年制作 油彩 アーティゾン美術館蔵) 絵解きの記事で、モローのこの絵が影響を与えていることを検討して来た。再度、この場に挙げる。
互いの視線 (オルフェウスの方は切り離された首だが…) 手指の開き具合、足の構え、衣装の雰囲気、など、青木が「学んでいる」という感じがするのだがどうだろう。

青木繁「わだつみのいろこの宮」部分   モロー「オルフェウス」部分
青木繁「わだつみのいろこの宮」部分   モロー「オルフェウス」部分

■ スタンホープ・アレクサンダー・フォーブス

スタンホープ・アレクサンダー・フォーブス (英 アイルランド 1857-1947)
ロイアル・アカデミ・ーアーツに学ぶ。その後、この記事の最初に紹介したレオン・ボナのもとで学ぶ。
イギリス・コーンウォールの漁村ニューリンに画家たちが集まり、「ニューリン派」を形成した。漁村の生活風景画で知られる。
名作集掲載図版に、馬を題材にした作品が複数見られるのは、明治期には日本人にも、馬が現在より格段に近しい存在だったせいだろう。

原画の左端が少しトリミングされて掲載されている

名作集の掲載図版には、「飲渓ノ馬」というタイトルで紹介されている。

スタンホープ・アレクサンダー・フォーブス 「水飲み場」 制作年不詳

水辺風景を愛した画家。他の作品例を、下に掲げる。

スタンホープ・アレクサンダー・フォーブス 「泉」 制作年不詳

カラー画像には探し当たらなかったが、名作集に掲載されている他の図版をそのまま以下に並べる。

■ ヘルコメル(?)

画家についての情報に調べ当たらなかった。名前の読みも不正確。絵は、労働者のストライキ行動を描いている。

■ ローレンス・アルマ=タデマ

ローレンス・アルマ=タデマ( 英 1836-1912)ヴィクトリア朝時代の画家。
オランダ生まれだが英国で名声を得た。ヴィクトリア朝の中流階級から、その絵は大いにもてはやされた。しかし歳月とともに、その名声も隠れてしまっていると言えるだろう。
劇的で華やかに演出された画面が、けれん味たっぷりである。

ローレンス・アルマ=タデマ 「彫刻師の室」 制作年不明

ローレンス・アルマ=タデマの他の作品から。柔らかで艶のある色調が、
ややコマーシャリズム風な「軽さ」にもなっているとも言える。化粧品メーカーの、大正期~昭和初期のポスター図案原画の雰囲気のような。

ローレンス・アルマ=タデマ 「見晴らしのよい場所」1895年

■ ジョージ・ヘンリー・ボートン

ジョージ・ヘンリー・ボートン(英国系米国人 1833―1905) 風景・風俗画家、イラストレーター、作家と多才な人。

ジョージ・ヘンリー・ボートン「歌の終わり」 制作年不明

ボートンの他の作品から。

ジョージ・ヘンリー・ボートン 「タナグレインの牧歌」 制作年不明

■ アントニー・ウォータールー

アントニー・ウォータールー(オランダ 1609年ー1690年)風景画家。
ヴィンセント、ヴァン・ゴッホがその画風から学んだ画家の一人。この画風は、日本においても現代まで底流として流れている気がする。
木と水の調和した風景に心が落ち着くという声をよく聞く。

アントニー・ウォータールー「秋の洪水」 制作年不明

アントニー・ウォータールーの他の作品から。

アントニー・ウォータールー「森の風景画」油彩 1640年から1690年 
アムステルダム国立美術館蔵

                     令和4年9月    瀬戸風   凪




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