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ワタクシ流☆絵解き館その236 フェルメール「紳士とワインを飲む女」


ヨハネス・フェルメール 『紳士とワインを飲む女』1658年 - 1660年頃  ベルリン絵画館蔵

🔳 男と女の秘められた心情を幻想する

私ならこの絵に「うたかたのとき」とでも、タイトルをつけたい。私が思うこの絵のストーリーはこうだ。

1.
 
男と女は、最後の会いになるかもしれない時間を過ごしている。女は、
 男に演奏を望んだ。男は正装で演奏に臨んだ。女もまた正装で応じた。用
 意したワインを飲みながら聴いてほしいと男は望んだ。
 季節の歓びを表現した長い曲が演奏され、演奏は終わった。楽譜は閉じら
 れて卓の上に積まれ、楽器は椅子に置かれた。( 図a)
 女性に対面して演奏されたことを椅子の向きが示している。

2.
 
演奏の余韻の支配する空間の胸苦しさに耐えられなくて、演奏中は閉じ
 られていた窓は、演奏を終えた男によって開かれた。人通りの音が、開け
 られた窓からかすかに聞こえて来る。
 男には楽器を収める時間も惜しく、男は、女の傍らに歩み寄る。演奏中、
 グラスを持つ手を途中で休めていた女は、残りのワインを、今まさに飲み
 干そうとしている。こぼれそうな涙を、グラスを深く傾けて隠そうとし
 て。( 図b )

正装で揺るぎのない姿勢を保ち、座している女だが、椅子にかかるドレス の裾が裏返り、そこのみが、この女のありようの乱れを映し出している。 
( 図C )  

3.
男はグラス越しに女の涙に気づいた。思わず、ワィンを入れているのであろう水差しを持つ男の手に力が入る。( 図d ) 

男の心を暗示して、男の背後の壁の絵に日は差さず、暗く沈んでいる。
金縁だけが空しく鈍く輝く。( 図e ) 

お互いのこころの波立ちを映して、男のマントに、女のスカートに、襞が 波紋を描いてなびく。( 図f) 

白か薄鼠色であるはずの壁は、男の演奏が、部屋の空気を青に染めたかの ように、外光を受けてもなお青の色調に広がる。( 図G) 
青は、悲しみの色と言えるだろう。

青の源は、楽器の置かれた椅子の背もたれにあるかのように、最も青が濃 い。( 図a) 
しかし、女のフードと、男の持つ水差しと、楽譜の下に敷かれた布か紙と思われる帯状のものだけが、きっぱりと濃密に白い。( 図b) ( 図d) ( 図h)

 その三つの白さは、屹立した天の、染め変えようのない意志が、この二人
 をとらえていることを表している。
 別れを肯う女の意志と、行かなけらばならない男の宿命と、それをお互い 
 認めながらもなお、うたかたのときの素顔がそこに現われているかとも見
 える、滑り落ちそうな、断ち切りがたい不安定なのこころのうちを。
 この絵を凝視していると、白が映し出す悲しさが、絵の中の時間を現在に
 まで連れて来るようだ。
                    
                    令和5年8月     瀬戸風  凪
                                                                                                      setokaze nagi


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