詩の編み目ほどき① 三好達治「乳母車」
三好達治―私の愛する詩人。
昭和の大詩人となった三好達治にも、詩人としての出発期には大きなとまどいと不安があったと私には感じられる。
最も初期の詩「乳母車」に、私は詩で世に立とうとする達治の志を読む。「乳母車」は母恋いの詩と言われているが、若く熱い思いが、彼にその詩を書かせたと信じている。私なりに「乳母車」を翻案して詩を書いてみた。先ず元の詩はつぎのとおりである。
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母よー
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかつて
轔々と私の乳母車を押せ
赤い総ある天鵞絨の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知つてゐる
この道は遠く遠くはてしない道
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そして私の解釈によって翻案したのが次の詩だ。
「出発」 瀬戸風 凪
詩を書くことは寂しく痛々しいことですが
それを生きてゆく力と見さだめた者が
ただひとつのより処とするのは
幼い日の始源の魂だけです
詩を書く私とは―その魂を乗せた乳母車
未だことばをなさない詩の湿りが
淡くかなしく私の胸にふるのです
幼い日の情景 幼い日の思慕…
それはいかようにも色を言い表せる
紫陽花のさだめなさにも似ています
追憶の中にたたずむ母よ
凛として矜持 ( きょうじ ) をかざしてゆくために
あなたに押してほしいのです
追憶の地平へ向けて
「詩人」という乳母車を…
あまやかな天鵞絨の温もりを
このいとけない魂に与えてください
たとえ追憶の地平に夕日が
諦観 ( ていかん ) の予感ににじみ広がっているとしても
同じ窓に競った仲間たちはすでに
おのおのの地平に向けて
翼を輝かせながら去ってゆきました
私もまた慄 ( おのの ) きながらゆくのです
紫陽花のように
自在の色を湛 ( たた ) えた幼い日の魂に随い
地平線という
どこまで行ってもたどり着けない地点にしか
息づいていない夢を見続けながら
人は強い志を、必ずしも文章や発言でたかだかと宣するわけではないと思う。柔らかく、ともすれば弱々しくも見える作品であっても、深く詮索すれば、熱い志をそこに秘めていることもあるはずだ。
青年達治の志を思うと、「乳母車」が、一般に解釈されている姿とは大きく違った色合いに見えて来る。
令和5年4月 瀬戸風 凪
setokaze nagi
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