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ワタクシ流☆絵解き館その166 カラー画像で復元―明治の画家たちが見た名画集。

「西洋近世名画集」は、明治38年から翌39年に、画報社から出版された名画集。ここには、フランスの官展系の画家たちの作品が多く掲載されている。選者は、浅井忠、小山正太郎、黒田清輝という当時の画壇の名士。
丹尾安典(美術史家)は、この画集が出版された当時の事情を、こう述べている。

19世紀の前衛作家たちの紹介は明治末期から大正期にかけてしきりとなるのであって、それまでは、むしろこのサロン系の画家たちの方が、日本の西洋美術愛好者には知られていたのである。

「サロン絵画と明治期の洋画界」 1990年「アルゼンチン国立美術館展」カタログ 207頁



サロンとは、フランスの官設の美術展覧会。明治38年という時点にあって、名画集として掲載すべき評価の定まった絵が、どんな画家のものであったかを知るのに、格好の書籍だ。
しかしこの「西洋近世名画集」の掲載図は、モノクロである。やはりカラー図版で確認したい。
そこで、現在カラー図版として見ることができる作品を、収録されている図版の一部であるが、(筆者のリサーチ能力範囲内で)ピックアップして、編集してみた。筆者には、初めてその名を知る画家も多くいる。

■ジャン=ポール・ローランス

1838年―1921年。主に歴史画を描いた。
17世紀設立され現在にまでパリに続く高等美術学校、エコール・デ・ボザールで教鞭をとった。エコール・デ・ボザールの卒業生には、ギュスターヴ・モロー、ジャン=フランソワ・ミレー、ラウル・ディフィ、ジョルジュ・ルオーなど、絵画史のスターたちと言える著名な画家の名が並ぶ。

■ジャン=シャルル・サガン

「西洋近世名画集」にはサガンの名で紹介されているが、ジャン=シャルル・カザンの発音もある
1840年―1901年。風景画、歴史画の他、陶芸も彫刻もこなした。フランスの国家栄典であるレジオンドヌール勲章を受けている。
※「西洋近世名画集」掲載図版は左右逆転している。

■シャルル・シャプラン

1825年-1891年。若い女性の肖像を得意とした。エコール・デ・ボザールで学び、後に、自分が教師となった。
明治の若い画家たちはきっと、(こんな絵が描きたい)と切望したことだろう。シャプランの絵には、魅入ってしまうやさしい絵が並ぶ。

■ブーヴェレ

1852年―1909年。ブーヴェレは祖父の名でもある。
当時開発された写真を使って、リアルな表現を試みた。作品群を通覧してみて筆者が強く感じたのは、先ずタッチの緻密さに目を奪われるけれど、本領は一枚の絵ごとに、空気感を描き分けているその感性である。ぜひ、Web検索し作品を見てほしい。

■アレクサンドル・カバネル

1823年~1889年。パリ・サロンの申し子とも言える画家で、作品の数は多く、サロンに君臨した。
カバネルの最も有名な絵は、ああ、あの絵か、と美術愛好者は思い当たるであろう、天使に囲まれてヴィーナスが波の上に横たわる姿を描いた「ヴィーナスの誕生」(1863年 オルセー美術館蔵)である。
「西洋近世名画集」では、エロチックな雰囲気も併せ持つ「ヴィーナスの誕生」は、載せるのをはばかったのかもしれない。カバネルの数ある作品から、下の図版の作品が選ばれたのは、ポーズの描き分け、といった点に注目しているからだろうか。

■ジュール・ブルトン

1827年―1906年。パリでアングルに学ぶ。フランスの農民の姿を多く描いた。下の図版は、「落穂拾いを終えて」のタイトルでも呼ばれている。

■ベンジャミン・ウイリアムス・リーダー

1831年―1923年。イギリスの田園風景を描き続け、大いに人気を博した。
リーダーの描く繊細な風景の中には、人がほとんど登場しない。そのため、寂寂とした情感が漂っている。日本でもっと大きく紹介されれば、熱心な愛好者が出て来るのではないだろうか。
東京富士美術館に「小川の夕べ」という作品が収蔵されている。

■アンリ・ファンタン=ラトゥール

1836年~1904年。エッチング版画も描いた。
フランスの人だが、イギリスで花を描く画家として人気があった。下の絵のような集団の人物像も得意とした。
中央で絵筆を持つのは、尊敬していた画家マネ。《バティニョールのアトリエ》というタイトルは、マネのパリのアトリエがあった場所の名から来ている。この絵には、若き日のルノワールもモネも描きこまれている。
そのためこの絵は、印象派関連の美術史のテキストにはよく掲載されている。

■ジャック=ルイ・ダビッド

1748年~1825年。英雄ナポレオン・ボナパルトのお抱えの首席画家。その依頼により、この絵は描かれた。ルーヴル美術館には他に何作も収蔵されている。
ワシントン・ナショナ・ルギャラリーにある「書斎のナポレオン」も、目にする機会の多いダビッドの作品だ。

■ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル

1780年―1867年。代表作は、「グランドオダリスク(横たわるオダリスク)」1814年 ルーヴル美術館蔵、「泉」1856年 ルーヴル美術館蔵など。
ジャック=ルイ・ダビッドに入門し学んだ。1806年から1824年にかけて長くイタリアに滞在した。
ダビッドの後継者と目され、レジオンドヌール勲章を受けている。巨匠としてフランス画壇に君臨した。
筆者はnoteの過去の記事で、青木繁に、「シャルル7世の戴冠式でのジャンヌダルク」 1854年や、「泉」1856年が影響を与えていることを考察した。

洋行できなかった当時の画家たち(青木繁もその一人)は、画像の精密さも甘いモノクロ図版を凝視して、何かを感じ取ろうとし、実際そこから吸収して自分の作品世界を築いて行ったのだから、意欲こそが想像力の翼であったことを、改めて思わせられる。
                      令和4年7月    瀬戸風 凪


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