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信頼と愛情

はじめに
これは、私の妄想小説です。
今回は、初めて、#リモラブ  のあおちゃんと美々先生のその後を書いてみました。

テレビで大臣が、産業医のいる会社でモデルナ製のワクチン接種をしても良いと発表した次の日、カネパル社では、その話題で持ちきりだった。

「きっと、うちの美々先生は、やるよね!一年前だって率先してあれだけ予防策とったんだから。
あの時はなんて面倒くさいと思ったけど、今思えば大切な事を最初から言ってくれてたんだよね」

普段から厳しい美々のスタンスがここではいい方に働き、社員は皆んな「やってくれるはず」「自分たちは早く打てるかもしれない」と、閉塞感が包んでいたこの一年の雰囲気が一気に温かいものになっていた。

「美々先生〜上の方から、ワクチン接種について早急に人事部と協力してすすめるように!って通達きたよ〜♫」

朝鳴部長が健康管理室に飛び込んできた。
来たが、八木原の「ちょっと待ってください」というリアクションで、朝鳴部長は踵を翻し、入口付近に戻った。
美々は、頭を抱え、考え込んでいた。

八木原は朝鳴部長に近付き、耳打ちした。
「美々先生、今後のスケジュールのこと考え込んで、頭爆発しそうなんです」 

なるほどそういう事か。
人事部長として、その気持ちはよくわかる。それもあって、自分はここに来たのだ。

「美々先生、コロナワクチン接種の事で、人事部と合同の会議しましょう。深杉先生、富近先生も一緒に、ね?セッティングはこっちで行うから。」

翌日、人事部と健康管理室の合同会議が開催された。
議題は1300人の社員の注射を2回、合計2600回、加えて希望する人は家族も接種できるとなると優に倍の数になるだろう。それを、勤務時間内にどれだけ効率用行うのか?が中心だった。
常勤の医師は美々1人であり、看護師も2人。計3人でどうやって捌いていくのが良いのか。
少なくとも受付、問診、注射、経過観察、それぞれの場所に人が必要になってくる。
「正直言いますね。ものすごい意義のある事なんですが、ハッキリ言って現実としてはかなり大変です。少なくとも、2600回をきちんと決められた期間の中で行わなければならない。通常勤務に加えて、です。それを、この少ない健康管理室のスタッフだけで行うのは…」
美々がハッキリとした口調で言った。
みんな、黙り込んでしまった。
そうなのだ。膨大な回数のワクチン接種、それをイチ会社が行うことは今まで無かった。それを成し遂げなければならない。みんな、イメージが出来なかったのだ。わかっているのは、「大変だ」という事。

沈黙を破ったのは、看護師の駒寺だった。
「あのー、皆さん、イメージ出来ないじゃないですか?まず、シミュレーションしてみませんか?」
「確かに、シミュレーションを先にする事でイメージができるから、そこから色々考えた方が良いね」
即席で接種会場を作り、シミュレーションをしてみた。そうすると見えてきた課題、大丈夫そうな課題が明確になって話し合いが一気に進んだ。
ただ、どうしてもマンパワー、これだけは解決できない課題として残ってしまった。

そこへ、営業部の岬が飛び込んできた。
「あ、いたいた。
ねえねえ、取引先の製薬会社さんがね、共同でワクチン接種できませんか?って申し出てきたんだけど…」
マンパワーが足りないという、どうしても解決できない問題に直面したところでの岬の空気の読めない提案に、その場の皆がため息をついた。
「岬さん、簡単におっしゃいますが、ワクチン接種するのにどれだけの人材が必要がご理解されてますか?我が社だけでも人が足りないのに!」
美々が怒り出した。

岬はニヤリとした
「そうでしょ?そうでしょ?人、足りないでしょ?そこでですよ。
取引先の製薬会社さんは検査技師さんも沢山いるのよ。」
「あ、検査技師さん、注射できる!」
八木原が思いついたように声をあげた。
「ご名答!
ただ、製薬会社さんは産業医がいない。でも、打ち手はいる。うちは、産業医はいるけど、うち手がいない。どう?これ?win-winじゃない?」
閉塞しかかった空気が一気に明るくなり、それぞれの部署で出た課題を解決すべく解散した。
「どう?これが、人脈を足で稼いできた俺の力でしょ?!」
岬が一段と大きな声で喋る。皆が一様につられるように明るい表情になっていた。


その夜、美々は、PC画面を相手にお酒を飲んでいた。もちろん相手は青林である。
緊急事態宣言下なので、プライベートで会うのは良くないと、真面目な2人はデートなどせず、こうやってPC画面で毎日会話をしていた。
今は、民間のPCR検査薬もあるのでそれを使うことも考えたが、
「自分たちは、会社で顔を合わせることができる。それさえも出来ない人たちが沢山いるのだから」
と、青林らしい理由で会う事をせずにいた。
一度、勢いで「結婚すれば毎日会えるから」という理由でプロポーズもしたが、それは、プロポーズの理由として正当ではないと、美々が断った。
でも、2人はきちんと思っている事を話し合い、ちゃんと喧嘩をしながら、前に進めるようになっていた。

「でもさ、今日、話し合いで色々解決できてよかったね」
青林が画面越しに笑う。
「岬さんが来た時は、どうなるかと思ったけど、解決策が一つできて良かった」
美々も、画面越しに笑った。

「でもさ、美々、なんか思うところあるでしょ。」
「………よく気づいたね」
「当たり前じゃない。彼氏だよ?何に悩んでいるのか、当ててあげようか。」

「プレッシャー」
どうよ、という顔をしながら、青林が言う。

敵わないな、と、思いながら、美々はグラスのお酒を一口飲んだ。
「……会社の人たちがね、私ならやってくれるだろう!って期待してるの。この一年の私の横暴すぎるやり方だって、肯定してくれるようになった。
期待してくれるのは嬉しいんだけど、うまくいかなかったらどうしよう。期待を裏切ったらどうしよう。って。
変な話ね、プーチンって言われてる方が楽だったのかもしれない。
この一年で獲得した信用が嬉しい反面、期待されることが苦しい」
美々は、ポロポロ涙を流していた。
「苦しいんだよ、あおのべえ〜〜」
美々は、自分が苦しい時、必ず青林をよくわからないあだ名で呼ぶ。相当苦しいんだと青林は理解した。

「そうか、期待されるって嬉しいけど、プレッシャーだよね。しかも、命がかかってることだもんね。それを、一人で背負い込もうとしてるんだね。
でもね、美々。
この一年で変わったのは、周りの評価だけじゃないよ?美々も、変わったよね。
前だったら、一人で悩んでいることはみんなに見せないで一人で解決しようとしたでしょ?でも、今日、会議開いたじゃない。そこで出た意見も、否定せずにみんな聞いてた。」
そうだったかな?美々は自分の態度を思い返していた。確かに以前の自分なら、誰にも悩んでいる事を話さず、解決策を考えたいかもしれない。

「岬さんの意見だって、最初は怒っちゃったけど、ちゃんと聞いた。
岬さんだって、一年前だったら、美々が怒った所で怒り返しておしまいになっちゃってたと思う。
なんでそうならなかったと思う?」

いきなりの質問に美々は戸惑ってしまった。

「岬さんも、美々も、お互いに何で悩んでいるのか、言葉の奥に潜む気持ちを理解したからだよ。
これをね、僕は信頼だと思うんだ。
この一年で、みんなから信用されるようになったのは、みんなの気持ちを理解しよう、と美々も変わったからだよ。
それは、変わろうとしたからじゃなくて、色んな人と、しっかり関わる中で、自然と生まれた事なんだ。だから、大丈夫。
もし、失敗したって、その失敗が最小限に済むように僕らが周りでフォローするから。同じカネパルの社員なんだもん、ね。」

美々はこの1年を振り返っていた。
いろんなことがあった。1人でも生きていける、そう思っていたのに、いつの間にか、人に支えられるようになってたんだな。
その中心には、青林がいた。

「きっとね、そう思えるのは、あおのべえがいるからだよ。
私の中心には、あおのべえがいてくれる。そう思えるだけで、頑張れるんだ。べえは、私のガソリン」
「もう、あおさえもなくなって、『べえ』になっちゃってるよ」
2人で笑い合った。

「でもね」
青林は、真面目な顔で話し出した。
「本当は、こういう時、抱きしめてあげたい。抱きしめながら、うん、うん、って話を聞いてあげたい。
会わない、って自分から言い出した事だけど、今すぐ会いたい。あー、なんであんな事言っちゃったんだろう」

「結婚しよう」
美々が叫んだ。

「え?」
突然の言葉に青林は甲高い声で応えた。

「うん。結婚しよう。今すぐじゃなくていい。コロナがひと段落したら、結婚しようよ」
美々はまっすぐ青林を見つめて言った。

「だって、前に僕がプロポーズした時は、そういう不純な動機はダメって言ったじゃない」
青林はまだ戸惑いの中にいた。

「不純じゃないもの。
この数ヶ月で私たちも色々あったよね。リモートでしか今は会えないけど、リモートだからわかったことも沢山ある。
付き合い初めの頃は、SNSとは違って面と向かって話すことができなくて、大変だったけど、今は、リモートでも、画面でも、しっかり思いを伝えることができる。勿論、面と向かっても言えるよ。
それって、かけがえのない、存在をお互いに思ってるって事だよね」
「それは、勿論。
僕は不器用だから、自分の気持ちをきちんと伝えることが苦手なんだけど、今は、SNSと面と向かって、両方で言えるよ。
美々が大好きだって、大切だって。今も、愛おしくてしょうがないって」
青林は覚悟を決めると突然誉め殺しのように自分の気持ちを伝えてくるので、美々は恥ずかしいが、最高に嬉しかった。

「リモートで始まった付き合いだから、結婚もリモートで宣言か。それも、僕達らしいかもね。
ね、美々。手、出して」
「え?こう?」
美々は、画面に向かって手を出した。
手を出すと、画面に青林はいなかった。
しばらくすると、画面に青林が戻ってきた。

「大桜美々さん。僕と結婚してください」
手には指輪を持っていた。桜をモチーフにした、可愛らしい指輪だった。

「うわ、え、はい。あおのべえさん、私と結婚してください」
美々はびっくりしつつ、笑顔で言った。
「名前…ふふふ。まあいいか」
青林は少し諦めた感じで笑った。
「嘘です。ごめんなさい。やり直します」
美々は照れ隠しはいけないなと反省し、咳払いをして姿勢を正した。

「はい。私と結婚してください。青林風一さん」

2人は画面上で指輪をはめるやり取りをした。

「よーーーーーし!早くワクチン打てるように頑張るぞー!」
青林が宣言した。
「動機が不純ですよ」
美々がツッコミを入れる。
「いいの!動機がなんであろうと、不純な動機最高!だって、早く美々と結婚したいもん」
そうだね、と2人で笑った。
動機が不純だからこそ、命をかけられる。命より大切なこともあるんじゃないかと思える。

リモートで始まった恋は、リモートを織り交ぜながら、きちんと育んでいた。
今は、そのやり方が2人のやり方であり、不安定さはなかった。

2人は画面越しにもう一度乾杯をした。
美々の部屋の外では、2匹の猫が今日も寄り添っていた。


あとがき
テレビでは今も毎日コロナの事で持ちきりです。
コロナ禍の事をキチンと取り上げたリモラブ というドラマは苦しい現状ながらも明るい気持ちにさせてくれるドラマでした。
つい先日、ニュースで産業医のいる会社はワクチンを会社単位で打っていいという話を聞いて、美々先生を思い出し、今回のお話を思いつきました。
こんな風にいつも私の妄想を刺激してくれるお話たちにお礼を言いたいです。
なお、これは完全に私の妄想であり、本編とは全く関係ありませんのであしからずです。




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