フナ釣り

はじめに
これは、私の妄想小説です。
今回は、#リモラブ  のごもちゃんのお話を書いてみました。

釣りが好きだ。

でも、海でも、渓流でも、バス釣りでもない。
僕は、フナ釣りが好きだった。
フナは敏感だから、気配を消さなくてはならない。池に糸を垂らして、静かに、ひたすら待つ。

気配を消すと言うことは、自分の存在を消す事に似ている。
だからこんなに、好きなのか。


僕は、僕のことが、あまり好きではない。

僕の名前は五文字順太郎
仕事は嫌いではない。むしろ、最近は同僚の青ちゃんの働きぶりをみて影響されて、働く事へのアプローチを変えた。
そうしてみたら、働く事により得られる充足感を感じるようになり、以前より仕事が好きになった。

周囲からも、「変わったね」と言われるくらい、前は絶対しなかった面倒ごとにもちゃんと人事課として距離感を保ちながら、入ることができていた。
むしろ、自分はこの「距離感」と言うものを絶妙に、自然と、とれる人間なんだと最近気づいた。
人事課の仕事というのは、事務仕事が多いが、意外と人との交渉事も多く、色んな人と話を聞く機会が多い。

青ちゃんは、とことん人の懐に入り込んでコミュニケーションを取るタイプ。それはそれでアリだが、自分には向かない。
自分は、人とある程度距離を保ち、その場で俯瞰して物事を見ながらその場に合わせた対応をする。

だから、何か困ったことが起きても渦の中にいないので比較的クレバーな回避ができる。
失敗が少ないのだ。

僕の生き方みたいだ。

この技術は生まれ持って得たものではない。僕が、僕の世界を確立するために、得た技術なのだ。

僕の家は、資産家と言われる家で、両親も祖父母もそれぞれの分野で活躍しており、所謂成功者だった。
3人の兄たちも同様に、自分が目指す分野で活躍している。
末っ子の僕だけ、何もなかった。
学生の頃から、勉強はできたし、運動もできた。ただ、何かを成し遂げたいというものが無く、中身がなかった。

中身のない自分は、家族の中ではとても異質で、目立っていた。
目立ってしまうと、自分のダメなところがクローズアップされてしまうので、僕は、家の中ではひたすら話を聞く係に徹した。
人の話を聞いて、その場に合わせた適切な答えを絶妙なタイミングでする事で僕は家族を和ませていた。

時には自由奔放な末っ子。時には、兄の専門分野の話を何も知らないふりをして聞く。ある時は、少し突っ込んで話を聞いてそっとアドバイスする。 

そうやって、僕はこの家族の中でのオールマイティな立ち位置を確保してきた。
でも、本当はずっと気付いていた。
これは偽りの自分であり、演じているのだ、と。
何をしても成し遂げることができない、成し遂げるものもない、ダメな人間なんだと。


フナ釣りは小さい頃から好きだった。
何事にも飽きてしまい、長続きしない自分だったが、フナ釣りだけは飽きなかった。

最近は感染症の関係で、飲みに行くことも少なくなったので、仕事帰りに公園の池に寄って、暗くなる1時間だけ釣りをするのが日課になっていた。

そこでは、必ず一緒になる人が何人かいた。
1人は、80歳くらいのおじいさん。
そして、僕と同じく仕事帰りであろう女性が1人。
ほぼ毎日顔を合わせるので、次第に挨拶を交わすようになった。

おじいさんは、金子さんと言って、近所にご夫婦で住んでいて、フナ釣りが日課なのだという。この日課をこなさないと1日が終わった気がしないんだ、と笑っていた。
もう1人の女性は、新井さんと言うひとだった。僕の話に笑顔で応えてくれるが、名前しか、教えてくれなかった。プライベートには踏み込ませない、そんな雰囲気があった。

その日も、仕事帰りに池に到着した。でも、金子さんの姿がなかった。
新井さんに聞いても、今日は見ていない、と。
次の日も、また次の日も、金子さんの姿はなかった。
あれだけ毎日来てた人なのにおかしい。僕は要らぬ心配を1人し出した。金子さんも80歳とそれなりの年齢であり、いつ何があってもおかしくない。
何か悪いことが起きてるのではないか、そう思い始めた。

「あの」

「うわあああ、はい!」

新井さんが話しかけてきた。新井さんが僕に話しかけてきたのは挨拶以外では初めてのことなので、僕は驚いて必要以上の大きな声を出してしまった。

「あの、金子さんの様子、見に行きませんか?」

僕の驚いた声に反応したのか、少し大きな声で新井さんは提案してくれた。

「え?住所、知ってるの?」

「知ってるというか、あそこに住んでるんですって」

新井さんが指さす方向を見ると、タワマンがそびえていた。

「え?あの高層ビル?」

「の、ふもとの商店街。元々印刷屋さんをしてたんだけど、今は閉めてるんですって」

新井さんも毎日見ていた金子さんがぱったり姿を現さなくなったので、心配になったのだと。
お互い、そんな心配をしていたのだ。
それなら、と、2人で連れ立って様子を見に行く事にした。 

金子さんが住んでいるであろう商店街は、シャッターが閉まっている店もあったが、それでも活気に包まれていて、仕事帰りの人が、食材を求めて多数歩いていた。

「新井さんも心配してたんですね」

「そりゃあしますよ」

「いや、なんか、そういうタイプに見えなかったから」

「え?私そんなに冷たい人に思われてたんですか?」

「あ、ごめんなさい。
ただ、プライベートには踏み込んでほしくない雰囲気あったし、釣りをしてる時間を、1人の時間を、楽しんでる雰囲気だったから、あまり周りのことは気にされない方のかな?と」

特に怒る様子もなく、新井さんは僕の話を聞いていた。新井さんが、何か言いかけたその時、目の前にシャッターが閉められた『金子印刷』が、見えた。

「あ、きっとここだ」

2人はここまで来て、なんて訪問すればいいのか戸惑い始め、インターホンを押すのを譲り始めた。
何度か譲り合うのをやり取りしてる間に、玄関の戸が開いて、中から、金子さんが出てきた。

「あれ?2人ともどうしたの?」

金子さんは、ピンピンしていた。

どうやら、奥さんが濃厚接触者に当たるか当たらないかの状況になっていたらしく、それなら、と、しばらく夫婦で外出を控えていたらしい。
ちょうど一昨日、相手の方が陰性で、奥さんが濃厚接触者にも当たらないことが、証明された所だという。

「ワクチンはまだ一回しか打ってないから、色々心配でね。公園に行けば、君らもいるから、何かあっちゃいけないと思って。
でも、ありがとう。まさか、心配してみにきてくれるとは思わなかったよ。明日辺りからまた、行けるなあ。嬉しいなあって思ってた所だったんだ」

そう言って金子さんは、本当はうちでごはん食べて行きな!と言いたい所だけど、こんなご時世だからと、おすすめの惣菜屋さんに連れて行ってくれ、煮物と、おむすび、コロッケ、きんぴらを2人分買ってくれた。

「これで、公園でデートしなよ」

そう、冗談を言って僕らを帰してくれた。


あとがき
#リモラブ   でごもちゃんは実はかなりの高スペックであることが設定でありました。その割には、色んな事に無気力で自信なさげだったので、ずっと気になっていて、今回のお話を考えました。
このお話は、私の妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、悪しからずです。

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