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落語聞き覚えメモ『質屋蔵』笑福亭仁鶴

(質屋の主人、以下●)番頭さん、いま手空きかぇ?

(番頭、以下■)えー、ちょうど帳面が終わりましたところで。

●ちょっとわたしの部屋まで来てもらいたい。

■なんぞご用で?

●後ろの襖ぴしゃっと閉めてな、もうちょっと前へ....いやぁいやぁ、ご苦労さん。毎日精出して働いてくれているおかげで、安心して店を任しとりますねやが、なんぞわたしに隠してるってなことはないかぇ?

■え?そらまぁ、ご覧になりますとなにかにつけてお目怠いことばかりやと思いますが、わたくしになりに懸命に勤めさせていただいとりますのん、そのわたくしが旦さんに隠し事をするやなんて、そんなことは!

●まぁまぁ、そない力入れぇでもええねやけど、ちょっと気になることがあってな。今日明るいうちからお風呂に行ってきたんじゃ。昼間のお風呂というものはゆっくりするもんやなぁと思って、ゆ~っくり湯船に浸かっているとな、話し声が聞こえてくるやないかいな。聞くともなしに聞いてるとな、質屋とか...蔵とか...化け物とか...幽霊とか...妙な話をしてなさる。このあたりに質屋といや、うちより他にないが、ひょっとしたらうちのことを言うてなさるのではないかいなと思って、まぁ薄暗いのを幸いに、じわぁっと寄って行たら気が付いたんじゃな、話をピタッとやめて体拭くのもそこそこに出ていきなさった。どうやらあれはうちのことを言うてなさったらしい。まぁ蔵といや、質屋にとっては一番大事なところじゃ。そこに妙な噂が立つということは信用にかかわりますでな、なんぞ知っていることがあったら教えてもらいたい。

■あ、そのことでございますかいな、いやいや、うちの蔵でやすわ、三番蔵な。あそこに夜な夜な幽霊が出るとか化け物が出るとか言いまわってる奴がいてるということで、いっぺんこら調べてみないかんなと思うとりましたんやけども、旦さんのお耳に先入ってしまいましたか。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と申しますさかい、どうっちゅうことないと思いますのんで。面白がってああいうことを言うてますのんで、どうぞお気に留めにならんように。

●いやいや、そういうことは、ないとは言えんで?

■さいでおますか...

●まぁ~質屋というのは、わたしは悪い商売やといっぺんも思うたことはないねん。その日の暮らしに困っているお方のお役には、ずいぶん立たしていただいてると思うてんねやけども、思わず知らずどこで誰の恨みを買うてんとも限らんわな。とうのが、うちの蔵に入っている品物は、どれ一つとして人の思いのかからんものはないわ。まぁ、大家のお方で、タンスの中にしもといて年にいっぺんも身に着けるやどうやわからん、というようなそういう品物はあんまりうちに来んわな。これがなかったら困る、という品に限ってうちの蔵に入りたがる。まぁ仮に繻子の帯が一本あるとして、これも心斎橋あたりで金に糸目もつけんと買うて来たもんと違うて、背負いの呉服屋やな。反物や小物を背たろうて街々を売って歩く。売れても売れぇでも長屋の隅々までやってくる。先々の時計になれや小商人(こあきうど)。手拭い一本買うてもうてもお得意や。そんなんやさかいに昼時分になったかて茶店とか飯屋で済ますちゅうことはないわな。ちょっと心安なった家行て。
「おかみ、お便を使わしていただきとおまんねんけども」「あ~、そうか、どうぞどうぞ上がっとくなはれ」ちゅうて上へ上げてもらうわ。でまぁお茶の一杯でも出してもうて、これは今朝漬けたとこですゆうて沢庵の三切れも出してもらう。そんなんやさかい、済ましたちゅうて直に出ていくことはないわな。煙草一服つけての世間話。片っ方は一日中手内職かなんかしたある、こっちは街々を巡り歩いてるやっちゃさかい、話が面白いやろ?どこそこでこんなことありました、これがこんなこと言うてました、嫁はんを喜ばしたり感心さしたりしながら、「今年はなぁ、こういう柄が流行ってますねんで」ちゅうとこへ話を持って行くんや、風呂敷ほどいてな。「いっぺん見てもらいまひょか」「いやいやそんなん見せてもぉたら目ぇの毒」「いやいや、見るは法楽と言いますさかい、ここで商いをしようとは思うてはしまへんねん。まぁ見るだけ見とくなはれ。」なんやかんや言うてても反物を見るの嫌がる女はないわいわな。これが今年の流行りか、こっちの柄も粋なことて言いながら、ふっと繻子の帯に目が留まるわな。「あ~こんなん一つ手に入れといたら祝儀不祝儀に恥かかいで済むし、流行り廃りはないし、ほしいなぁと思うねやけども、いやいやうちはそんな所帯やないねんさかい。おおきにありがとう、目ぇの正月さしてもらいました。」ちゅうて向こうへ出す。こっちは商人やがな。繻子の帯に目ぇ留まったん、見過ごすわけがないが。「おかみ、ここにこういうえぇ帯がございますねんけどなぁ」言うてもういっぺん風呂敷をほどきよるわな。「こんなん一つ手に入れていただきますと、おかみの一代だけやなくお孫さんの代までお役に立たしていただきまんねんけどもなぁ。こらどこで買うてもぉても十四円や十五円するもんですが、こちらさんにいつもお世話になっているそのお礼というたらなんでございますけども、口銭は一銭も頂戴しやしまへんのんで、六円ということにさしてもらいますが、どんなもんでございまっしゃろか?」「いやぁあてもなぁ、欲しいなぁえぇ帯やなぁと思たんやけども、いまうちはそれどころやないのんで。」「いえいえ、いっぺんでなんやとおっしゃんねやったら、二へんに分けてもぉても結構でございますが。」「いやぁそれにしたかってうちのひとに相談せんとなぁ」「あ、さよか。ほなこれ置かしてもらいます」「いや置かれたら困る」「いやいや、これがないちゅうたかて今日の商いに差し障りゃしまへんので。まぁまぁまぁまぁ...」言うて置いて行かれるわな。ほんで夕方亭主が仕事から帰ってきて、寝酒の一杯も飲んで機嫌のよぉなった時分に「実はな、今日呉服屋さんが来はってな、ほんで無理から置いて行かれた帯があんねやけどもな、あんまり安いさかい断ってしまうのも惜しいような気がしてな。」ちゅうたら酒の機嫌で「まぁ考えたらお前と所帯持っていままで帯一本買うてやったわけでなし、そない気に入ったんやったらもぉときぃな。」てこう言うわな。なんぼやねん?と言われたときに、六円と言おうと思うねんけども、高いわい!言われたらいかん思うて五円や、ちゅうねん。おなごちゅうもんはいじらしいもんやなぁ、自分で勝手に一円値切りよんねや。な?相場のわからん亭主かて十四、五円もするもんが五円やと言われたら安いと思うわ。もぉときぃな!言うた手前、次の日の朝や。母屋行て、訳言うて五円という金を工面してさぁこれでもぉときと言われたかて、まだ一円足らんがな。この月末、節季までにやで?この一円をこの嫁はんがどない苦労して工面すると思う?竹の筒があって節を抜いといて目立たんとこに掛けといてやな、手内職をして三十銭もぉたところ、二十五銭よりもらわなんだと思うて残りをコロコロストン...と放り込むねや。風呂かて毎日行ってたものを一日おきにしてやな、一日は行水かなにかで誤魔化して、風呂銭をコロコロストン...や。亭主に一合六銭飲ましてた酒を五銭にしてやな、んでその残りをコロコロストン...。月末になって竹の筒をぽーんと割ったら九十五銭とまだ五銭足らんがな。その晩亭主が災難やな。「あんたすんまへんなぁ、お酒二合買うて来たんやけども途中でけつまずいてひょろついた拍子にお酒が流れ出してしもてなぁ、半分で今日は辛抱しといて」言うて、亭主その晩酒一合しか飲ましてもらわれへん。そうして貯めた金やなぁ、あっちでひねり出し、こっちで絞りだしして、その一年とさきの五円と、足して帯を手に入れるわな。でまぁ何日かして親戚かなんかで法事があってな、そこに締めて行ってまぁえぇ帯やなぁよぉ似合うこと言うていっぺんハレをしてや、ほんで帰ってきてタンスの中へしもぉてそれ以来締める帯がのぉて、ある日亭主がそろばん前にして難しい顔してるのんで「どないしなはったんや?」「いや、今月どないしても三円というお金が足らんのやが借りれるとこは借りたぁるし、母屋にもこないだの五円返してないし」「そんなんやったらこないだ無理言うて買うてもぉた帯な、あれを質屋さんへ三円の代わりに持って行きまひょか?」「そないしてくれるか」ちゅうことになって、うちへ来て番頭といろんなことがあって、三円に代わってうちの蔵へ入るわな。ほんで出そう出そうと思いながら、苦しいもんやさかい利子だけ入れたぁる。そうした間に嫁はんが患いつくねやな、寝こむんや。な?病人の世話する者おらへんが。亭主は仕事に出ないかん、ほでこの嫁の実家にやね、よそへ縁づいて帰ってきてる妹がひとりいてんねやけども。

■えらい都合のえぇ人がいてまんねんなぁ。

●いてんねんて、世間にはこんなやつが。ほな実家にいてたかって落ち着かんもんやさかい、お姉さんの病気見舞いに言うてやって来てやで?亭主の弁当作りから掃除から買い物から姉さんの看病からしてるうちにある日ぃや、妹を枕元へ呼んで「あんたにもいろいろお世話になったけども、今度という今度はどうやらわたしもあかんらしい」「なにを言うてねはんねん、病は気から」「いや、自分の寿命は自分でわかる....それにつけても色々お世話になったあんたに形見と思うねやけども、ご覧の通りの貧乏所帯でなんにもないねんわ。ただ一つだけ、あんんたに締めてもろたらよぉ似合う帯があったんやけども、苦しい折に三円に代わって質屋に取られてしもたんやわ。かわいい妹に帯の一本も残せんやなんて。恨めしいのはあの質屋。」とここへ恨みが来るねんやわ。わかってるか?

●えらいもんでやすなぁ...助けてもぉたときのことを忘れて恨みだけ残りまんねんなぁ。

■そういう人の想いのかかった品物の詰まった三番蔵じゃ。不思議なことの一つや二つあってもおかしいとは思わんな。

●はぁ、さいでおますかなぁ。

■でまぁ、こんなことは早いこと片づけないかんのでな、今夜あんたに三番蔵を調べてもらいたい。

●へっ!?

■いや、そういうおかしなことがあるのかないのか、調べてもらいたい。

●わたし独りで調べるんでっか?

■独りでって...店の子どもやみな付けて何もなかったらえぇけど、なんぞあったときに尾鰭つけてそこらで言い回られたら大騒動になって信用にかかわるやないかいな。

●えー、旦さん。わたし十二の歳からご奉公に上がっとりますのんですが、来年別家をさしてやるとかなんとかという話が出てるようでございますが、今夜どうしてもわたし独りで三番蔵を調べんならんということでございましたら、いっぺんお暇をいただいてな、丹波のおばはんとこへ帰らしてもらいます。

■ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちぃな。えらい怖がりやなお前は。え?子ども付けるわけにはいかんし、一人前の男でこの人が横にいててくれたら心丈夫な、というようなそんなあてはないのんかい?

●それやったら、熊はんが一緒についていてくれたら、ちょっと気ぃが落ち着くやろと思いまんねんけども。

■うちに出入りしている熊五郎かぇ?

●そうです。

■あれ強いのんかぇ?

●強いのなんのって、いままで喧嘩いっぺんも負けたことないちゅうてまんねや。体中彫りもんだらけでね、右の腕には下り龍、左の腕には登り龍、背中には九紋龍、ちゅうてね。わしが許してもこの龍が許さんのんじゃー、あれついていてくれたらわたしもだいぶん気ぃが落ち着くやろと思いまんのん。

■あぁわかった。誰ぞいてるか?(襖を開ける)こら定吉、ここで何をしてんのんじゃ?

(定吉、以下★)わたいなにも立ち聞きしてやしまへん。

■立ち聞きしとったなこいつは?旦那と番頭さんがしゃべっているのを襖の陰で立ち聞きするやなんて誰がそんな行儀教えたんや?だんだんだんだんと...丁稚の分際で。聞いてたんやったらあらましのことはわかってるやろ?これから熊はん呼んどきなはれ。直来るようにちゅうて。なにをしてても首に縄付けてでも引っ張ってくるように。早いこと行っときなはれ!

★へぇへぇ!もぉ~つまらんもんやわ丁稚てなもんは。丁稚の分際で、丁稚のくせに...なにも立ち聞きしてたんやあらへんがな。廊下歩いてたら話が聞こえてきたさかい歩くのんやめてただけの話や。あっ、熊はんとこ通り過ぎるところやった。熊五郎のおっさん!

(熊五郎、以下▲)おうおうおう。定吉どん、どないしたんや?

★旦さんえらい怒ったはるわ!

▲怒ったはるか?なんで怒ったはんねん?

★なんや知らん!直来るようにって、えらい、怒ったはるわ!

▲俺いま茶漬け食うてんねんけども。

★なにをしてても、首に縄付けてでも引っ張って来るようにいうて、えらい、怒ったはるわ!

▲怒ったはる....?なんで怒ったはんねやろうな?

★丁稚が立ち聞きしたらあかんねや!

▲なにを言うとんねんこいつは。えぇ?言うてることがわからんがな。これ、ちょっと本家へ行ってくるさかいに羽織出してんか。お待っとうさん。ほんで、なんで怒ったはんねん?

★知らん!

▲んなこと言うなよお前...ちょっとぐらい知ってんねやろ?行くなりバンバーンとかまされたら慌てるやないかいな。あ、あれで怒られんねんな、ちゅうことがわかってたら心づもりができるやないか、教えて?

★いや、詳しいことは知らんで?

▲詳しいことは知らんでええねん。ちょっとだけわかったらええねやさかい、あぁあのことか、と探りを入れられるねやさかい。

★うーん、ちょっとぐらいしか知らんねやけども。ほな栗買うてくれるか?

▲足元見やがってこんがきゃほんまに...売ったはったら買うたる。

★そこに売ったはる。

▲先見ときやがんねん...おい、悪いけど三つほどやってんか?あぁそうそう。ここ置いとくで?はい。

★いや~、あてなぁ、この店の前用事で通ったときにな、丹波栗の匂いがな、ぷーんとしてくるさかい食べたいなぁ食べたいなぁ思うとりましたんや。な?ほら見てみなはれ。この栗な。表は真っ黒けやけど、中はこう真っ白や。

▲わかったあんねん、食べんのはあとにして、なんで怒ったはんねん、ちょっと言うて。

★(栗をほおばった口で)んー、あても詳しいことは知らんねんけども。

▲詳しいことは知らんでええねん、ちょっとだけ言うてくれたら探りを入れられるんねさかい。

★んー、初めな、あのー、旦さんがな、昼間から風呂行く言わはったんや。ほな番頭はんが、旦さんどうしても昼間から風呂行かはんねやったら、わたいお暇をもらいます。

▲......なんやそれ???

★ほんで、あのー、三番蔵から繻子の帯が出て来てな、竹の筒へコロコロストンって入んねやで。

▲ほ~???

★ほんでしまいめにはな、酒が半分になってしまうねんで?

▲お前の言うてることはわからんなぁ?

★わからんやろ?わいも言うててわからんねや。旦さんに聞いたらわかるわ!ほな先に帰ってんで!

▲あ、こらこらこら!栗食い逃げやがなあれ。なんやて?酒が半分...(手を叩く)酒の一件か。これ言おう言おう思もててまだ言いそびれてんねや。こらもう先に謝るに限るな。えー、旦さん。

■おー、ご苦労さん上がっとくれ上がっとくれ。

▲もぉ~早よ申し上げないかんいかんと思うとりましたんやけれども、なんせ言いにくいもんでおますさかいな、あれはなんですわ、こちらで法事かなんかあった折に、うちのやつがお台所に手伝いに上がっとりまして、ほでまぁお清どんとしゃべってたら大きな片口の中に酢や水やわからんようなのが入ってまんねやて。ほんでうちのやつはこら酢でやすか、水でやすか、言うたら燗冷やてこない言いまんねんて、えらいもんでやすなぁ。そらまぁうちでも寄って酒飲むことあるけど、酒が余って燗が冷めるなんてそんなんおまへんわな。こちらちょっと飲んだお銚子に余ったやつをこっちに持ってきてまた燗し直して出すなんてことしはらしまへん。片口開けてさらの酒入れて(燗を)こうしなはる。そやさかい冷めたら入れ冷めたら...してる間にいっぱいになってしもた、片口にな。ほんでこれをどないしなはんねん?てうちのやつが聞いたら、番頭さんはじめお店の人あんまりお酒をお飲みにならんのんで、出入りの人で好きな人があったらあげようかいな思うてるうちに腐らしてしもて植木の肥やしになったりすんねんわ、言うたら、まぁ~もったいないわぁ、うちの熊はんに飲ましてやったらどない喜ぶやろう?言うたら、ほんなら持って帰ったげなはれ言うてもうて帰ってきますわ。ほんでわたし仕事から帰ってきて飲んだら普段のお酒と違いまんがな。美味いなぁこの酒どうしたんや?ちゅうたら、こうこうで燗冷や、言いまんねん。美味いなぁ美味いなぁ言うて、まぁ三、四日楽しましてもらいましたん。ほんである日帰ってきたら元の酒に戻ってまっしゃないかいな。人間の舌てなもんは驕るもんでやすなぁ、これが喉通りやしまへんねや。嬶すまんけどなぁ、お清どんに言うてちょっと二合だけ分けてもうて来てくれへんか?ちゅうて。ほんでうちのやつ行って、熊はんがそない言いまんねんけども、ちょっと二合ほど分けてもらうわけにはいきまへんやろか?言うたら、なにを言うてんねや水臭いなぁ、うちは樽ででーんと据えたあんねがな。二合や三合取ったかてわからへん。こっち貸しなはれ、言うて二合もうて帰ってきますわ。で、飲んでみたらほんまもんやがな!そら美味いなぁ美味いなぁ言うてなくなったらもらいに行き、なくなったらもらいに行き、しとりましたん。ある日お店の裏通ったら酒樽がでーんと座ってたん。ほんでわたい考えた、毎日二合ずつもらうのんも、いっぺんにもらうのんも一緒かいなぁと。でちょうどその日わたい車引いとりましたんでな、ほんで樽を車に積んで持って帰って...

■なにをすんねんな!いつや知らんけども、まえ酒樽が一丁見当たらんいうてみな探してたけど、あれおまはんかいな?いや、今日来てもうたんは酒の話やないねん。

▲漬物の一件でやすかいな?

■漬物の一件って..そらなんやねん?

▲いや、これもこちらでお集まりがあった折に、うちのやつがお手伝い上がっとりましてなぁ。ほんでまぁぼつぼつ戻ってくるさかいおかずの段取りをせんならん、言うたらお清どんが、ちょっと待ってぇなぁ、もうちょっと手伝うて。熊はんのおかずやったらこっちであるもんするさかい、ちゅうてる間に片づけのときに、あぁごめん熊はんのこと忘れてたがな。もう今日はこれで辛抱しぃ言うてね、たくあんを三本ほど縄でくくってもぉて帰ってきましたん。ほでわたし仕事から帰ってきて食べたらこないだの漬物とちゃいまんがな。美味いなぁこれ美味いなぁどないしたんや?言うたらこうこうこうや、言うて。あぁそうか美味いなぁ。これやったら他におかずいらんがな言うてね、三、四日楽しましてもらいました。ほんである日帰ってきたらまた元の漬物に戻ってまっしゃないかいな。人間の舌てなもんは驕るもんでやすなぁ、これが喉通りやしまへんねや。嬶すまんけどなぁ、お清どんに言うてちょっと二本ほどもぉて来てぇなぁ、うちのやつが熊はんがこう言いまんねんけども...何言うてなはんねんな。んな水臭いこと言いな、うちは樽ででーんと据えたあんねがな。二本や三本取ったかてわからへんがな。で、二本持って帰ってきて食べたら美味いねや。でまたなくなったらもらいに行き、なくなったらもらいに行き...してある日にお店の裏通りました折りに、ちょうど漬物樽がどーんと据えてあって。で、わたいそこで考えたんや。毎日二本ずつもらうのんも、いっぺんにもらうのも一緒かいなと思うて。ほで樽を車に積んで持って帰って...

■なにをすんねんな!樽ごと行きないな!やることがえげつないがな。いや、今日来てもぉたんは漬物の一件やないねん。

▲あ、樋の一件でやすかいな!

■なんぼほどあんねんお前は...なんやその樋の一件っちゅうのは?

▲いや、これも銅の樋です、古なったんで職人がみな外して放ってあるやつを地金屋へ持って行ったら四、五十銭ぐらいにはなるやろなぁ...

■もうもうもう...もぉえぇねん、もうなにがあってもかまへんねや。今日はだいたいな、熊はん。あんたを叱ろうと思て呼んだんと違うねん。

▲さよか...!?あの定吉のやつなにを抜かすねんあいつ!えらいこと言うてしもた。

■言わないかんやないかそんなことは。いずれわかるこっちゃねんさかい。いやぁ熊さん、あんた、聞くところによると、えらい強いらしいな?

▲なんでおます?

■強いらしいな?ちゅうてんねや。

▲え?あてが強いって言いなはるか?(腕まくりをする)事情もなにも聞かんでよろしい、名前だけ言うとくなはれ、名前だけ言うとくなはったらよろしい。腕の一本ぐらい折ってええのか?半殺しに...

■なにを言うてんねん、だれが喧嘩してくれ言うてんねや。いや~、実はな、うちの三番蔵じゃが、夜な夜な化け物が出るとか、幽霊が出るとかいう噂が立ってるんや。

▲へぇ...はぁ、さよか...

■ほんでまぁ、うちの番頭と二人で夜中に、そういう化け物が出るのか出んのか、ちょっと調べてもらいたい。

▲あっ...さいでおますか...

■いや~、はじめ番頭一人にと思うてたんやけども、夜中に独りで調べんならんねやったら、いっぺん丹波のおばはんとこへ暇もぉて帰るてこない言うねや。

▲番頭はんが独りやったら、暇もぉて丹波のおばはんとこ?わたいな、ちょっと用事思い出したんでな...

■ちょっと待ちぃなこれ、あかんで?帰さへんで?いま帰ったらどうせ腹痛かなんか起こるに決まったあんねんやさかい。

▲わたい茶漬けの途中で...

■ご飯はこっちで食べさす、酒も飲ますさかい、番頭と二人で夜中に、そういう化け物が出るのか出んのんか、調べてもらいたい。

▲あぁ、さよか...(うなだれる)。

■ほんであのー、二人のお膳をちょっと、うちで食べてもらう。お酒もつけてな、そうじゃ。ほんで離れがあるんやけども、その真ぁ前が三番蔵の戸前になったあるさかい、その時刻までそこで食べたり飲んだりしながら待機をしてもらいたい。よろしな?ほんであのー、離れだけが電気が通ってないので、そこに灯りがあるさかい、それ持ってな。じゃぁ二人頼みましたで。

●熊はん、よろしゅお願いします。

▲番頭はん...!えらいことになりましたなぁ...!

●そんな声出しなはんなあんた。わてあんたを頼りにしてんねやがな。頼んない人やなぁ。ほなしょうがない、とりあえず行きまひょか、ね?ほんであんた、灯り持っとくなはれ。

▲いえ、わたい重たいお膳持たしてもらいます。

●ええさかい灯り持ちなはれちゅうてんねや、わたいがお膳持つねやさかい、ほんで先行きなはれ。

▲いえ、番頭はんが先へ。

●なにを言うてんねや、夜道でもなんで灯り持ったやつが先行くのが当たり前やろうが。そぉ思うてわたいお膳持ってんのに。

▲えらいなんや、騙されたような感じやなぁ...早いこと行きまひょ。わたいはねぇ、ここへ寄してもぉてるけど、ここから先は行ったことおまへんねん。

●そぉでっしゃろ?わたしらもなんぞないときにあそこへ足運ぶちゅうことはないのんでね。なんとなく湿気があって、かび臭いにおいがしてまんな。

▲へぇ...そう、そう、そうでんなぁ...わたいもここ初めてで。

●あんた細こうに震えてなはるやろ?灯りがゆらゆらゆらゆら揺らして、気持ち悪いねやな。

▲そういう番頭はんこそ皿小鉢ががちがちがちがち言うてまっしゃないかいな。えぇ、早いこと早いこと...離れの前へやって来た。ね?どないしまひょ?

●どないしまひょやあらへんがな。そこ開けんと入られへんがな。開けとくなはれ。

▲開けたら、幽霊かってまだ時間早いさかい、ここで待ってようか言うて、開けたとたんに「お入り」言われたら、わたい...

●そんなこと言うたらもうあかんがな!早いこと開けて開けて開けて...誰もいてしまへんか?しまへんな。よし、ほな中入ってな。よーいしょっと。で、そこの障子すーっと開けて。そうそうそう、ちょうど三番蔵の戸前になったあるさかいな。ほでこう時間までとりあえず飲んだり食うたりしながら待たしてもらいまひょか。ね?(とっくりを傾けて)ほんだらまぁぼつぼつやりながら...

▲いえいえ、わたいどういうわけか若いころから酒っちゅうもんを...飲まれやしまへんのん。

●あぁ、そうだしたな、ほなわたいも手酌でやらしてもらいますのん。はぁ~...えぇ酒やなぁ、うちのんと一緒や。はぁ~...。わたいもここへちょいちょい寄してもぉてなぁ、ご飯呼ばれて帰るけど、この刺身がついてるちゅうのは滅多におまへんな。こらまぁごご馳走でっせ?ん~、わさびがよぉ効いてまんなぁ。はぁ、はぁ、とりあえずまぁ飲むだけ飲んで、食うだけ食うて、わからんようになって寝てもうたらしまいや。

▲あかんであかんで!わい独りになる独りになる!わいも呼ばれるわいも呼ばれる!

■そんないやいや飲まんでよろしわ。

▲(盃をひったくる)呼ばれる呼ばれる...あぁ~苦!

■もぉそんな顔して...もったいないなぁ。

さぁ飲んだり食うたりしとぉりますうちに、腹の皮が張ると目の皮が弛むというやつで、うと...うと...としだして。初めの間は起こし合いをしていたんですが、もぉしまいめには気ぃ合わしたようにぐーっ...と寝てしもた。三番蔵の戸前にこのぐらいの灯りがぼっと着いたと思いますと、火の玉がそれへさしてずーっ。

■なんや音しました。出たようでっせ?調べんとあきまへんな。早いこと立ちなはれ。

▲いや、それが、抜けたようです。

■えぇっ、ほんにわたしも抜けてますわ。

▲お互いに抜けましておめでとう。

■んなアホなこと言うてなはんな。早いこと行かんかいな!

▲押したらいかん、押したらいかん、押したらいかん、うわーっ、押したらいかん!

●静かにせんかこら。ほんっまに頼り甲斐のある人ばっかりじゃ。大きな声出して奉公人が目ぇ覚ましたらどないすんねん?

さすが大家の旦那で。庭下駄を引っかけますと、三番蔵の戸前へずーっ。中をこう覗いてみますと。

えーっ、東、龍紋、りゅうもーーん。西、小柳、こやなーーぎ。龍紋、こなた小柳。まだまだまだまだっ、はっけよい、残った!残った!残った...

●えらいことやっとんなぁ...龍紋の羽織と小柳繻子の帯が相撲をとっとるやないかいな。へぇ~っ。

と、見ておりますと棚の上に置いてありました揃いの浴衣、風呂敷が勝手にほどけますと、この浴衣がすうっと降りてきてひとりでに立ち上がって深川を踊り出した。

●えらいことやっとるなぁ...人間も入ってないのに、ひとりでに立ち上がって手足をそろえて踊りを踊ってるやないかいな。へぇ~っ...さまざまな人の想いが重なってかかる業を成せるとは...

と、見ておりますと、部屋の隅に置いておりました掛け軸の箱のふたがぽーんと飛んだかと思いますと、ひとりでに壁へつつつつつつっ!

●ありゃあれ?あれは角の時平さんとこから預かってる菅原道真公の絵図やがな。へぇ~っ、勝手に壁へ這い上がって。

絵図の中の菅公が、それへさしてず~~っ....

(菅原道真、以下◆)東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな
そちゃ当家の主なるか?

●はっ、ははー...

◆質置き主に、疾く利上げをせよと伝えよ。どうやらまた、流されそうなわい。

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