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近代短歌(6.2)伊藤左千夫(1864~1913)

牛飼が歌よむ時に世のなかのあらたしき歌大いにおこる

牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる

【牛】うし(写真)
日本と牛との関わりは「牛車」「牛神」「牛角力」などに見られる。中国では「牛耳る」といい、諸侯が盟約を結ぶ際に牛の耳を裂いて血を啜り合った儀礼に由来する言葉がある。「牛」は季語になっていない。

すゞしさや根笹ねざさに牛もつながれて  成田蒼虬

【根笹】山野に群生する小型の竹。
【歌意】根笹にゆるやかに繋がれた牛。涼風のなか、木陰で休んでいる牛飼の姿が見えるよう。季節は「すずしさ」で夏。

新編 日本古典文学全集72・近世俳句俳文集

【内容】
明治三十三年作。伊藤左千夫がはじめて正岡子規を訪問したのは同年一月で、それから間もなく詠まれた歌。当時左千夫は牛乳搾りを生業としていたため、自身の歌に対する激しい意気込みを詠んだ歌とされる。左千夫は子規の門下となった。門下は他に長塚節・高浜虚子・河東碧梧桐・岡麓らがいた。


ゆかのうへ水こえたれば夜もすがら屋根の裏べにこほろぎの鳴く

牀のうへ水こえたれば夜もすがら屋根の裏べにこほろぎの鳴く

【蟋蟀】こおろぎ
「蟋蟀」は秋の季語になっている。日本ではその鳴き声を「ちちろ」と解して「ちちろ虫」と呼ぶことがある。「ちちも(虫)」も蟋蟀を指す秋の季語だ。また、鳴き声を「肩させ裾させ寒さがくるぞ」と解して蟋蟀が冬支度を急かしていると考えることもある。鳴き声は種類によっても異なる。万葉集に「蟋蟀」の歌がみられるが、これは秋の虫の総称として使われているとされる。

この辺り母の座りしちちろ鳴く  長谷川かな女
こほろぎの闇こほろぎの貌うかぶ  金尾梅の門

カラー図説 日本大歳時記 秋

世に薄きえにし悲しみ相嘆き一夜ひとよ泣かむと雨の日を来し

世に薄きえにし悲しみ相嘆き一夜泣かむと雨の日を来し

【雨】あめ
いくつか雨の季語を挙げてみたい。

春:春雨…春の細く降りつづける雨
  花の雨…桜に降る雨、あるいは桜時に降る雨
夏:梅雨…降ったり止んだり続いたりする六月ごろの時候(またその雨)
  五月雨…梅雨と同じだが、雨そのものをいう
  夕立…特に夕方、短時間にはげしく降る雨
秋:秋の雨・秋雨…秋の春雨。梅雨のように降りつづくこともある
冬:時雨…秋から冬、短時間にぱらぱらと降る雨
  冬の雨…十二月~一月ごろに降る細く冷たい雨

春雨や喰はれ残りの鴨が鳴く  一茶
のみさしの茶のつめたさよ五月雨  高村光太郎
秋の雨しづかに午前をはりけり  日野草城
化さうな傘かす寺のしぐれかな  蕪村

うつり きて うたたますます わびしき くさ の と わびしい住まい  に けさ を ながるる あきさめ の おと  会津八一

カラー図説 日本大歳時記 春・夏・秋・冬/ポケット 続 短歌この日この日

【内容】
縁の薄いことを共に泣嘆しようと雨の中やってきた、というような歌だが、「世に薄きえにし」を嘆き合う関係は愛人を想起させる。


今朝の朝の露ひやびやと秋草やすべて幽けき寂滅ほろびの光

今朝の朝の露ひやびやと秋草やすべて幽けき寂滅の光

【露】cf. 近代短歌(5.1)正岡子規
秋の季語。

【秋草】あきくさ
「秋草」は秋の季語になっている。すすきはぎなどの秋の名草ではなく無名の諸々の草を指す。ただし、一般には秋の草の総称として用いられている。「千草」ともいう。

秋草の名もなきをわが墓に植ゑよ  高浜虚子

村雨のはるる日影に秋草の花野の露やそめてほすらん  大江貞重

カラー図説 日本大歳時記 秋/玉葉和歌集・五二〇

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