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高架下で拾われた

「赤ちゃんはどこから来るの」
「お前の場合は、隣町の高架下で拾った」


 これは、我が父による「赤ちゃんはどこから来るの」の回答である。
 誤解がないように申し上げるが、父親がこの冗談を言い始めたのは、私と私のきょうだいたちが十分に育ってからなので、間違っても「私はこの家の子じゃないんだ」というような誤解を生むことはなかった。

 私は三人きょうだいの一番目で、妹と弟がひとりずついる。父は、洒落が好きな人間なので、我々三きょうだいの出自を、丁寧にも酔っぱらいながら考えてくれた。


 曰く、私は隣町の高架下で、箱に入っておぎゃあおぎゃあと泣いていた赤ん坊。
 二番目(妹)は、家の前のドブ川をどんぶらこっこと流れてきたので、父親がどぶ板を外し、せき止めて助けてやった赤ん坊。
 三番目(弟)は、家から少し歩いたところにある肥溜めで、新生児ながら見事な背泳ぎを披露していた赤ん坊である。

 ……何故かどんどんと、拾われた場所が汚くなっていく。
 この妙な設定を、三人とも気に入ってしまったので、「拾われた場所」は我々の身内ネタとして定着している。

「ドブ川から流れてきたくせに」
「お前は肥溜めだろ!」
「おうよ、背泳ぎかましてやる」

 といった具合である。
 高架下でまだよかったなー、と思う一番目である。

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