PhantasMaiden 4-2話

 ジャンヌが黒猫の後を追っていると、気が付けばそこはオルレアンと似た街並みの、けれどもどこか異なる中世の街だった。
 そんな周りの景色に意識を取られていると、気が付けばジャンヌは黒猫を見失ってしまっていた。
「どこへ行ったんでしょうか……」
 そう呟きつつ、辺りを散策する。よく見ると、道行く人は女性ばかりであり、皆一様に何かに怯えているかのようだった。
 そんな風景に違和感を覚えつつもジャンヌが大広場を抜けると、どこからか猫の鳴き声のようなものが聴こえてくる。
「あっ……!」
 ジャンヌが声に導かれるままに裏路地の方に歩を進めると、そこには先ほど自分が追いかけていた黒猫が座っていた。黒猫を見つけたものの、そもそも何故自分が憑りつかれたように黒猫の後を追っていたのか、ジャンヌが疑問に思っていると、その思考を掻き消すかのように頭上から人影が降ってくる。
「――ッ!」
「……ん」
 衝突を予想してジャンヌが咄嗟に身構えるも、降ってきた少女は重力に逆らうかのように一回転し、そのまま黒猫の傍に舞い降りた。おおよそ人間とは思えない動きに驚愕するジャンヌを横目に、降ってきた少女は黒猫を撫で始める。
 その魔女のような装いもあってか、その光景はファンタジーや御伽噺の一場面のような、そんな印象をジャンヌに与えた。
「……ん、上出来。ありがとうね」
 撫でられた黒猫は喉を鳴らすと立ち上がり、そのまま屋根の上へと軽やかに登ってゆく。そしてそのまま屋根伝いに、中世の街へと姿を消していった。黒猫の姿が見えなくなるまで見送ると、少女はジャンヌの方に向き直り、口を開く。
「少し、歩こうか。……なるべく人が居ないところで話したい」
「……は、はい」
 話が通じると判断したからか、はたまた少女の人外じみた素振りに面食らったからか、ジャンヌは少女の後を追って歩き出す。裏路地を出て、大広場を抜けてしばらく歩くと、場所が開けているのにも関わらず、何故か無人の広場に行き着いた。
「……さて」
 広場に到着するや否や少女は地べたに座り込み、ジャンヌに向かって口を開いた。
「アタシはネーレ。アンタ、ジャンヌ・ダルクだろう?」
「え、えぇ……しかし、何故私の名前を?」
 少女はジャンヌの質問には答えず、それなら話が早い、と言いながら続ける。
「アンタも薄々勘付いていると思うが、アタシもアンタと同じ、アリスとやらに集められたうちの一人だ。つまりは失ったもの……それに関する願いがある」
 ジャンヌの反応を伺うこともなく、ネーレは一人淡々と続ける。
「アタシの願いは魔女狩りを起こしたヤツらを皆殺しにする。そして、ヤツらのいない、本来アタシたちが過ごすはずだった日常を取り戻すことだ」
 淡々と、しかし確かな決意を言葉の節々に滲ませながらネーレは話す。ジャンヌからすればその内容は衝撃的なものだったが、ジャンヌはあえてそれを口にせず、別の質問をした。
「そうであるとして……何故私にそれを?」
 ジャンヌがそう言うとネーレは立ち上がり、広場を歩き回りながら演説をするかのように口を開く。
「アタシはアンタをよく知っている。ジャンヌ・ダルク、救済の聖女であり……同時に罪深き魔女である、アンタを」
「だからこそアンタは知っているはずだ。弾圧される者の痛みを、隣人にいつ裏切られるともわからない恐怖を、正義面でアタシたちを処刑したクズどもの下卑た笑いを! ……だからアンタなら、アタシの願いに賛同してくれる。だからアンタに話した。乗ってくれるだろう?」
 それを聞きながらジャンヌは生前の記憶を思い返していた。確かにジャンヌは死ぬ間際に魔女の烙印を押され、最終的には火刑に処される。それは紛れもない事実だった。
「……確かに、不当に魔女としての烙印を押され、言い表せないような苦痛を強いられた貴女達の痛み、私であれば少しは理解できるかもしれません」
「なら――」
「ですが」
 だがジャンヌが目を閉じると、不当な扱いを受け、虐げられてきた自分の姿と同様に、自責の念に囚われた看守の姿や、後悔と安堵の入り混じった表情で火刑を見守る民衆の姿もまた浮かんでいた。
「たしかに、それらの行為は決して肯定できるものではありません。ですが……彼らもそうしなければ、大いなる不安に囚われ続けたままであったことも事実。」
「貴女が何を願おうとも、それは貴女の自由です。ですがそれを知ってしまった以上、私は聖女として、虐殺という行為を決して見過ごすことはできません。……例え、それがどんな正当性の上に立つ行為であったとしても、です」
 ジャンヌがネーレの目を見据えて話し終えると、ネーレはしばらく呆然とし、そして苛立ちを隠そうともせずに口を開く。
「は、はは……そうか。よりにもよって最も辱められ、聖女サマから魔女へと貶められたアンタがそう、言うのか」
 引き攣った笑みと共に乾いた笑いを出すと、ジャンヌに対して敵意を露わにして呟く。
「……失望したよ。ジャンヌ・ダルク」
 その瞬間、ネーレの周囲に人魂のような光弾が形成される。そしてそれらはネーレの意思を反映するかのように、ジャンヌに向かって襲い掛かる。
「……くッ!」
 しかしそれらの光弾は、ジャンヌの炎によって辛うじて本体に届く前に打ち消される。それを見るとネーレは軽く舌打ちし、大きく跳躍しながら屋根の上へと舞い降りつつ光弾を新たに作り出す。
 その後もネーレは屋根を飛び移りながら光弾を生成し、勢い任せにジャンヌに放つ、そして放たれた光弾を、なんとかジャンヌが炎で相殺する。その応酬が何度か続くと、苛立ちを隠そうともせずにネーレが叫びだす。
「アンタは……アンタは悔しくなかったのか!? 苦しくなかったのか!? 辱められ、貶められ、蔑まれ! そんな相手を憎まなかったのか! アンタは!」
 その言葉と共に力任せに放たれる光弾を時には避け、時には受け止めるジャンヌ。強大な火力と機動力に、ジャンヌは攻めに転じようにも状況を動かせずにいた。
 するとネーレの怒りを反映するかのように、蒼天を映していた空は突如紅に染まり、街全体に鐘の音が鳴り響く。それに続いて、今度は街の至る所から女性の叫びのようなものが聴こえ始める。
「見えるだろ? 聞こえるだろ? これがアタシたちの、そしてアンタの受けた苦しみ! どれだけ言葉で取り繕ったって、アタシたちの中からこの苦しみが消えることは無い!」
 紅に染まる空を背に、更に多くの光弾を作り出して放つネーレ。それを籠手や炎で防ぎながらジャンヌは空に舞う魔女に向かって叫ぶ。
「だとしても……消えないとしても! それでも! 貴女の仲間は復讐を望んでいないかもしれない! 失っていった仲間を想う気持ちは私にもわかります。ですが、死者の心情を自分の都合のいいように解釈してしまったら、それはもはやエゴでしかありません!」
「だとしたってかまわない! そうさ、アタシが復讐したいだけ! 例えエゴだとしても、同胞が望まなかったとしても! アタシ達を蹂躙した奴らをアタシは絶対に許せない! 奴らの臓物を一つ残らず噛み千切ってやらなきゃ気が済まない!」
 そう言うと、ネーレは光弾を上空に集め、巨大なエネルギーの塊を作り出す。怒りに身を任せたその姿は、人ではなくもはや獣のソレに近いものを想起させる。
「あぁ……もう頭が滅茶苦茶でしょうがない。……でも一つだけ、これだけはハッキリしてる……アタシ達を……同胞を……主人を、蹂躙したアイツらを! そしてジャンヌ・ダルク! アンタがその仕打ちを受けて尚もヤツらを憎まないと言うのなら……アタシはアンタをも憎んでやる!」
 怒りで我を忘れかけたネーレの言葉と共に、巨大な光弾がジャンヌに向けて放たれる。ジャンヌはそれを炎で防ごうとするも、あまりに大きすぎるエネルギーにすぐに限界を迎えようとしていた。
 するとジャンヌの中で不思議な感覚が生じた。一種の達観、あるいは諦めのようなモノ。それが形を為して、自分を縛っている鎖を解いてゆく――ジャンヌはそれに対して、焦りと恐怖を隠せなかった。
「(駄目ッ! 駄目です! 今それをしたら、私が――)」
 ジャンヌが心の中でそう叫んだ瞬間、炎が爆発的に膨れ上がり、ネーレの光弾をも飲み込んで巨大な爆発を起こした。爆発の衝撃によってジャンヌは投げ出され、ネーレもジャンヌから噴き出した炎の勢いによって爆発のエネルギーの大半をその身に受けてしまう。

「……う、ん……」
 地面に投げ出されたジャンヌが目を覚ますと、そこには爆発によるクレーターの跡と、その中央に立つネーレが居た。
「結局……また、何もかも……」
 誰に言うでもなく、ポツリと呟くネーレ、爆発のダメージに加えて怒りで精神が不安定化している彼女に、もはや戦う力は残されていなかった。
「……じん……また……」
 涙を流しながらそう呟くと、独りでに倒れるネーレ。その様子を見たジャンヌは傷を負った身ながらも駆け寄るが――
「――ッ」
 そこで彼女が見たのは、その身には大きすぎる帽子の下敷きになった黒猫の姿だった。
「……そう、そう、なのですね、貴方達は」
 ジャンヌはその光景に何かを悟ると、その場を後にし、荒野へと向かった。自らの意志で明確に相手を殺めたという事実、そして、自分の中に潜むナニかについて考えながら――。