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世にも奇妙な都市伝説5「ほんとにあった? ○○洗いのやばいバイト」

破格のバイト

若い時、いや今もそうですが、とにかく金がなかったんです。
それで割りのいいバイトは無いものかと、常に駆けずり回って探していた時期がありました。

そんな時、某国立大学の医学部に行った友人が、良い話を持ってきてくれました。
「いいバイトあるんだけど、やりますう?」
彼はうすら笑いを浮かべながら、言いました。
「大きな声じゃいえないんだけどさ、他で募集はしてないの。俺と君の仲だから、紹介できるんだ。時給2000円。いいだろ? やる?」
「いいよ、もちろんやる! で、仕事は何? もしや治験?」
「ちゃうよ。友人にそんな危険な仕事やらせるわけないジャン。ただこの仕事のことは、絶対に内緒にしてて欲しい」
「もちろん約束は守る。で、仕事は何なの」

「へっへ~。死体洗い」

大江健三郎の熱心な読者の方なら知っているでしょう。
『死者の奢り』という作品の中で、この禁断のアルバイトが出てくるのです。
てっきり都市伝説かと思っていたのですが、本当にあったのでした。
ちょっと不気味な仕事だと思ったのですが、当時は本当に貧乏で、背に腹は代えられない。時給の魅力に負けました。

職場は大学病院で、通用門から入ると入口には簡易な事務所があり、そこに管理人のオジサンが1人いました。
イメージと違って、意外と清潔で明るく、クリーンな雰囲気でした。

「君がバイトの子? よろしくね」
「よろしくお願いします。で、仕事はどうやればいいんですか?」
「なあに、簡単簡単。誰でもできるよ。私が教えてあげるから」

そういって管理人は、私を案内しました。
事務所から長い長い廊下を行くと、突き当たりに扉が4つあって、「更衣室」、「標本室」、「休憩室」。そして何も書いていない扉の向こうが死体の安置室になっていました。
私は更衣室で、ゴム製のマント、帽子、マスク、手袋、長靴に着替えさせられました。

重い扉を開くと、中にはホルマリンに満たされた巨大なプールがあり、その中に無数の男女の死体が入っています。
医学生の解剖のために、自らを「献体」として提供してくれた、偉い人たちが眠っているのです。

仕事は死体洗いと言っても、実際は「死体を洗う」のではなく、私の仕事は「浮かんでくる死体を棒でつついて沈める」といった役目でした。
詳しい理屈は分かりませんが、解剖の授業が来るまで、死体を空気に晒すと劣化してしまうので、常にホルマリンに漬けておく必要があるらしいのです。

「恐がって逃げちゃう人がいるから、なかなか人材が見つからなくてね」
「はあ、まあ。そうでしょうね」
「信用してないわけじゃないけど、こっちも困るから、時間が来るまでは外からカギをかけさせてもらいますよ」
「途中で逃げられない、というわけですね」

そんなわけで、極秘のバイトが始まりました。
室内はむせかえる様なホルマリンのニオイですが、不思議と死臭は感じられません。
死体はほとんど底に沈んでいますが、たまにぷかーっと浮かんできて、それを慎重に沈めるだけの単純な作業です。
最初はビビりましたが、死体と言っても元々は生きていた人間なわけだし、慣れるとこんな楽な仕事は無いなと思いました。

ホルマリンのプールには、いろんな死体が眠っていました。
人間死んでしまえば、所詮はマネキン人形みたいな肉のカタマリなのです。
死体は生前の人間の生きざまを物語ります。

全身マッチョで、どでかいイチモツをぶら下げた中年イケメンの死体……きっと数々の女性を泣かせてきたんだろうな。
私は彼を勝手に「バズーカ」と名付けました。

パンチパーマに全身刺青を背負った死体……きっと親分とか若頭と呼ばれて、悪いこと色々してきたんだろうな。
私は彼を勝手に「アニキ」と名付けました。

と、いう具合に、死体を見ながら死体と対話するような感じで、突っつき棒をさばいていました。

なかには驚くほど美人の女性の死体もあり、これはまるで生きているようでした。
目は静かに閉じており、まつ毛は長く、肌は透き通るように真っ白で、傷一つない綺麗なカラダでした。
私は彼女を「キャサリン」と名付けました。

この仕事で、はじめて知ったのですが、死体って結構動くんですよ。
かっと見開いていたはずの目が、いつの間にか閉じていたり、また開いていたり、「死後硬直」で、手や足が突然ブンと動いて、プールの壁をゴンゴン叩くんです。
これは正直恐かった~。

勤務時間が終わる頃、管理人が迎えに来て、扉を開けてくれます。
「おつかれ~。時間だよ」

こんな毎日が続いていた、ある日のことです。
いつものようにバイトが終わる時間になり、「おつかれ~。時間だよ」と管理人が扉を開けてくれたのに、
なぜかその日はウダウダと帰り支度にとまどっていたのです。

扉を開けようと、ノブに手をかけたら、「あれっ?」 扉が開きません。
なんど捻っても、体をゴンゴンぶつけてみても、びくともしません。
当時は携帯電話も無かった時代ですので、外部に助けを呼ぶことはできません。
きっと管理人が間違って鍵をかけて、そのまま帰ってしまったに違いない。
「おーい。誰か」と叫んでも、無駄なことは分かっています。

やむなく、その日はなんと死体の安置室で一夜を明かしました。
大勢の死体を前に、まともに眠れるわけはありません。
真夜中はあちらこちらで、ゴ~ン、ゴ~ンと、死後硬直の大合奏が始まりました。
ビビリつつ、耳を塞ぎながら、なんとか朝を迎えました。

うとうとしながら目を覚まして、試しにドアノブを捻ってみたら、扉が開きました。
私はすぐに管理人室へ駆け込みました。

「ひどいじゃないですか。先に帰るなんて」と、私。
「あれれっ? まだいたの?」
「ひと晩じゅう、閉じ込められてたんですよ。どうしてくれるんですか」と、私。
「だって迎えに行ったきり、鍵は開けていたよ。それに夜勤だから、私はずっといたよ」
「そんな馬鹿な……」

そうなのです。管理人が言う通り、扉に鍵はかかっていなかったのです。
それなのに、なぜ扉が開かなかったのか。

後で聞いたら、この日の午前、キャサリンたち死体ご一行はプールから出されて、無事、医学生たちに解剖され、医学の発展に貢献されました。
もしかして彼らも、最後のお別れをしたかったのかな、と今は思っています。


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