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29歳、エルメスでカレを買って新たな扉を開く

特徴あるデザインのため、購入品の写真(サイトからの引用)のみ有料にさせていただきます

買ってしまった……!私が、エルメス!!!

百貨店に出入りしていた子どもの頃から、「えるめす」という響きにどこか憧れがあった。同時に、超高級ブランドだという認識だったので、私が手にすることは一生ないだろうとどこか諦めもあった。

社会人になりファッションの好みも少しずつ変わる中で、ふと「いいな」と思う写真に共通して写っているブレスレットがあることに気づいた。調べてみると、それはあの「えるめす」のシェーヌダンクル。どうせ買えない値段なんだろうと調べてみたら意外や意外、頑張れば全然手に入るくらいなのだと知った。

もう少し調べていくと、手に入れづらい一番の要因は値段ではなくその限られた数量。シェーヌダンクルも例に漏れず大人気で、年々手に入れづらくなっていることを知った。「早く試着してみたい」という気持ちと、「あの『えるめす』に入るなんて烏滸がましいかも」という気持ちが入り混じった。

そんな折に読んだこの記事。

「スカーフ……いいな……。」(*エルメスでの呼び名はカレ)

思い出すのは社会人になって一年目の夏。案件に次ぐ案件、出張に次ぐ出張で疲労しきっていた時期、出張先で手に入れた束の間の自由時間に目に留まったスカーフ(と仕事用カバン)を自分では信じられないスピードでお買い上げした。それまで、スカーフをほしいと思ったことも探そうと思ったことも一度もなかったのに、なぜか目の前にいるその子から目が離せなくて買ったのだった。柔らかく透ける素材で大判のスカーフ。朝と夜の気温差が激しい春秋や、外は暑く室内は寒い夏に活躍してきてくれた。

2枚目に手に入れたのはバンダナくらいのサイズの100%綿素材のもの。これも、今の夫とまだ結婚する前に彼のショッピングに付き合った際に、なんの気なしに手に取って首に巻いてみたら外せなくなってしまったものだった。

大判のスカーフと綿素材のスカーフ。どちらも気に入ってその時々に着け替えて楽しむようになって、「スカーフ」というアクセサリーに対する解像度が少しずつ上がっていった。と同時に、ツヤツヤしたシルクの大きすぎず小さすぎないスカーフを欲するようになった。

そこで目に飛び込んできたカレという存在。ネットで見てみると、値段も思っていた半額くらいだった。そこから毎日エルメスのサイトを見つめる日々が始まった。気に入ったものをいくつか保存したけれど、お店に行く勇気はなかなか出ないまま数週間が過ぎた。もう、サイトにあるカレは覚えきったんじゃないかというくらい時間を費やした。

私には自信を持って履ける靴があると気づいてから、ようやくお店に行く決心がついた。これだけ恋焦がれたカレ、巻いてみたらどれも違った、とがっかりするのも嫌だなと思いながら、行く日を決めてカレンダーに入れた。

当日はどきどきしながら百貨店に入るエルメスに足を踏み入れた。きっと声は上擦っていたと思う。「あの、初めてなんですけれど、カレがほしいなと思っていて……。」

店員さんは想像していた何倍も優しかった。一見さんの私に、「いろいろご覧になってください」と事前に保存していたものだけでなくいくつか並べてくれた。「もう既に完売してしまったものもあるんです」「同じデザインのものはそのシーズンにしか作られないので、お気に召したものがあったら一期一会だと思ってそのシーズン中に買われることをおすすめします」と教えてくれた。

出してくださったカレをふわっと纏うと、大袈裟でもなんでもなく、見たことのない素敵な自分が鏡にうつっていた。これが、エルメス。凄い。強烈なエネルギーを発している。食い入るように鏡を見つめた。

同時に「私、今エルメスで試着してる……!」と夢と現実の狭間にいるかのようにクラクラした。それくらい、私は憧れていたらしい。

その後も、いくつか試着をさせていただいた。その度に、これも素敵、あれも素敵、と目移りした。さまざまなサイズの中で、90サイズは少し大き過ぎ45サイズは小さ過ぎることがわかったので、60サイズか75サイズにしようと決めた。

いちばんいいな、と思っていたデザインのものは最後までなかなか言い出せずにいた。店頭に並んでいたのは2024春夏コレクション。2023秋冬コレクションで発表されていたそのデザインはもう完売してしまったかもと思いながら震える手で保存していた画面を見せると、裏まで行って在庫を探してくださった後に一枚のカレを手に戻って来られた。

「お客様がお探しになっていたお色はあいにくもう無かったのですが、色違いでよろしければございました。」

そのカレを纏うと、世界から音が消えたかのように、しんと静まりかえった。「あぁ、私はこれを買う運命なんだ」と感じた。今まで目移りしていた素敵なカレたちは素敵なままだったけれど、もうこの子しか考えられなかった。

クラクラしたまま「こちらをいただきます」と言いそうになって、優柔不断な私が顔を出した。「今、エルメスの魔法にかかっているだけじゃないの?」「あなたが本当に扱えるの?」

結局その日は丁重に御礼をお伝えしお店を去った。随分長い時間が経ったように感じていたけれど、時計を見たら20分も経っていなかった。

それから数週間、どの服を着ても、「あの子はまだ店頭にいるかな」「あの子をここに巻けたら」と考えていた。その最中に演歌バッグを手に入れ、「ブランドは違うけれど、この持ち手に巻きたいな」とさらに思いが強まった。

そして舞い込んできたエルメスの値上げのニュース。

「これだけ悩んだんだしもう買っちゃったら良いんじゃない?」「まだ、自分には相応しくないって思ってるの?あなたがあなた自身を大事に思わなくてどうするの?」「今あなたが普段買っているお洋服2枚分の値段だよ。全然買えるよ。」

お迎えしよう。と決心し、せっかくなら銀座メゾンエルメスで買いたい、と、値上げ前の期間でカレンダーで唯一空いていた木曜日の午後に予定を入れた。

銀座メゾンエルメスはそれはそれは美しい空間だった。一ミリの妥協もないブランドの矜持を全身で感じた。併設されているお花屋さんのメインディスプレイと、店員さんが首元に巻いたカレがリンクしていることに気づいたときには、心が震えた。

値上げ前だったので、平日にもかかわらず店内は大変賑わっていた。予約品を取りに来られて大量の紙袋を抱えて帰る人、素人目の私ですらわかる珍しい色のバッグを持っている人、全身エルメスを纏った人。ここにいて良いのかな?と不安になりながら、順番を待った。

担当でついてくださった方は本当に本当にお優しかった。

「こちらを見に来ました」と保存してあった画面を見せるとすぐに持って来てくださった。こんなに忙しいのに「ゆっくり考えられてくださいね」と試着をしている間もただ一度も急かしてこなかった。それどころか、「こういったデザインのものはいかがですか?」と追加でいくつか持ってきてくださった。

持って来てくださったものの中で一点猛烈に魅かれたものがあった。数週間頭から離れなかったデザインとは補色関係にあるお色のそのカレも十二分に素敵で動揺した。「あの子をお迎えしようと心に決めてきたはずなのに……ここでころっと心変わりしちゃうの?」「なんなら2枚買っちゃう……?」とぐるぐる考えた。

値上げ前に買いたいならもう今日、今、ここで決めるしかない。

もう一度、運命のカレを首元に巻く。

……うん、やっぱりこの子だ。

「こちらにします」と根気強く付き合ってくださった店員さんにお伝えした。

「本日は、他に見て行かれたいものはございますか?」というお言葉に甘えて、スカーフリングも見せていただいた。あいにく私の運命のカレに使えるサイズはなかったけれど、ツヤツヤしていて美しくて、いつかぴったり合うものがあったらお迎えしようと決めた。

「ジュエリーなどはいかがですか?」と尋ねられ、「今こちらには見当たらないのですが、実はシルバージュエリーが気になっています」とお伝えしたところ、カレを取り扱う一階ではなく上の階にあるとのことだった。「見てみたいな」という気持ちもあったけれど、こんなにも忙しいなかお付き合いくださったことへの感謝と、無事に運命の子を迎え入れられることへの満足感が勝り、お会計へと足を進めた。

カレを自分のためにたった一枚購入しただけなのに、丁寧にリボンをかけてくださり、サンプルの香水もくださった。

お付き合いくださった店員さんに見送られ、ふわふわとした高揚感の中お店を出たら、入店した時には明るかった外もすっかり暗くなっていた。


買ってしまった……!私が、エルメス!!!

それはなんとも不思議な気分だった。「私でも買えるんだ」「私にも似合うんだ」という思いと、「この子に相応しくなろう」「大事に大事にしよう」という思い。他のブランドで試着を重ねたわけではない。もしかしたらもっと似合うもの、もっと好きなものもあったかもしれない。でも「えるめす」で買うというこの体験自体が私の人生には必要だった、そう感じた。

「私には相応しくない」と諦めることは、私が「私」を大事にしていないことなんだと思った。私は私を大事にしていると思っていたけれど、実はそうではなかったかもしれない。これまで、私を大事にしないことで、本当は挑戦したかったけれど諦めたことが何度もあったと気づいた。
それは例えば本当に小さいことだと、話してみたかったあの人に話しかけられなかった、とか。大きいことだと、憧れていた大学を夢物語だと切り捨てて受験しなかった、とか。

これからも、きっとそうやって無意識に諦めてしまうことがあるかもしれない。本当は開いているはずの扉を閉めてしまったり、逃げてしまったりするかもしれない。

だけど、このカレを見るたび、纏うたびに思い出そう。

私に相応しくないことなんてない、と。



それでは、ご紹介します。新たな扉を開いてくれた、私の運命のカレです。

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