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聖地巡礼-泉岳寺

高輪台に用事があり泉岳寺まで足を伸ばした。

JR高輪ゲートウェイ駅の開業で目下再開発中、2025年には高輪ゲートウェイシティなる華々しい街として生まれ変わるのか?そのあたり良く知りませぬが。

今、現時点の泉岳寺のイメージは、すぐ側にある品川や白金台とは違い、用がなければ行こうとは思わない町。気の利いたカフェの1つ見つけるのも苦労する、それが泉岳寺という場所では無かろうか?

泉岳寺入口には大石内蔵之介の像が立っていて、中には赤穂浪士のお墓がある。それはなんとなく知ってるけれど、そのためにここに来ようと思う人は少なかろう。東京の誰もが泉岳寺を知っているのは、都営浅草線の駅名になっているからにすぎない。

それがエレカシファンの聖地の一つになっているのはひとえに宮本浩次が卒業した高校があり、彼が書いた連載エッセイにも登場する場所だからだ。
そして私もエビバデの端くれとして、ここまで来てスルーするわけにもいくまい。

という訳で、そぼ降る雨(ってどんな雨なんだろ?)に打たれながら歩き、門をくぐると、少なからぬ衝撃が。

ミヤジの母校は何とお寺の中門をくぐった中、参道の土産物屋の脇道の先にひっそりとあるのだ。本堂の後ろに東海大高輪台高校が見えるが、こちらは文字通り東海大学の附属校で、まったく別の学校である。高輪学園の方はお寺の敷地内にあるといってもおかしくない場所にある。調べて知ったのだが、高輪学園の創立は、京都西本願寺の仏教中学であったらしい。それは知らなかった。

都内には200を越す私立高校がある。①いわゆる御三家をはじめとする超難関校。②各私立大学の付属高校。③大学をもたない進学校的中高一貫校。④それ以下の生徒たちの受け皿校 とまあ、ざっくりわけるとそんな感じじゃなかろうか?

現在の高輪学園は③に相当する。偏差値もそこそこ高い。国立大に進学する生徒こそ少ないが、早慶上智GMARCHあたりには沢山の合格者を出している。この手の中高一貫校で男子校となると、5年間でカリキュラムを終えて1年間は予備校の如く勉強させる、親にとって満足度の高い面倒見のよい学校ではないかと推測される。

がしかし、ミヤジが進学した頃はまだ都立群制度の時代。北区・文京区・豊島区・板橋区の生徒は第4学区で、トップの41群もしくはセカンドの42群あたりの併願校というイメージだったと思う。その頃のほとんどの私立校は中高一貫ではなく高校から入学できた。高輪学園も、当時は高等部単独の学校だったはずだ。という状況から考えうるに、第一志望で行く人は少なかったかも知れない。赤羽からは結構な距離がある。ミヤジもきっとそうだと思っていたが、ここに来て考えを改める。

山門をくぐり、境内に入ると思いの外広くて立派なお寺。なんとも言えず雰囲気がよい。ビルの谷間のお江戸スポット。そう、ミヤジの好きなポケットだ。この感じは気のせいか日比谷の野音によく似ている気がした。

ミヤジはこの地に通いたくて、第一志望でこの学校に入学したんじゃないだろうか?だからこそサボりもせず3年間毎日まじめに通い、大人になってからも近くに住んだりしたんじゃないだろうか?

そんなことを考えながら、都営浅草線の駅まで歩く。この道を40年前、毎日歩いて通ったはずの、あのファーストアルバムのジャケ写のような表情を浮かべた制服姿の宮本少年に思いを馳せながら。

#エレファントカシマシ #宮本浩次







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