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ハイテクノロジー・フィロソフィー

 大久保が爆発した。
 比喩ではなく。大久保は破裂した。おれのノートの上には飛んできた大久保の鼻がのっている。ボールペンで端に寄せようとしたら血でノートが駄目になった。最悪だ。もうすぐ学期末試験だというのに。
 大久保が爆発したのは西洋思想の講義中だった。たしかカミュだかサルトルだかの話をしている時だった。ぽんっ、と音がしたと思ったら前に座っていた大久保の頭が消えていた。辺りには大久保のものと思われる肉片が散乱していた。耳は高杉の筆箱の中に入っていた。教授が、どうした?と言うが、どうもこうもない。大久保が爆発した。そして、辺りに肉片が飛び散った。掃除が必要である。学生のひとりが、その三点を伝えると教授は大学事務へと連絡を入れた。
 「おい、大久保?大丈夫か?」試しに聞いてみた。少し意地が悪すぎたなと反省しかけたとき、「大丈夫っちゃあ、大丈夫」と返答があった。大久保の声であった。しかし、声は大久保の本体から離れた場所から聞こえてくる。「どこ?」「ここだよ」声のする方をたどると、三列ほど前の座席の下に大久保の口が落ちていた。ぼってりとした主張的な唇は顔から分離してもなお健在であった。「おまえ・・・」おれは愕然とした。あまりにグロテスクであったのだ。考えてもごらんなさい。不細工な口が口のみの姿で発声してるのだよ。
 「おまえ、大丈夫なのか?それ」おれはドン引きしながら聞いた。「喋れてんだから、大丈夫じゃねーの?」他人事のように大久保は言う。口単体でもぞもぞと動くのは見てられない。その姿を憐れに思ったおれは、大久保の口を拾い上げ、机の上にある鼻の近くに置いてやった。「おい、目はどこいった?」「知らねえよ。あ、でも、教授の足が見えるからたぶんそこらへん」おれは教卓付近に落ちていた大久保の眼球を回収した。二つの眼球は仲睦まじく寄り添って、そこに落ちていた。「おまえ、見えてるのかこれ」「ああ、なんかぼやけるけどな」おれは試しに、ちょうど良い間隔で眼球を並べてみた。「うおっ。見えた。お前の顔がクリアに見えるぞ」
 すると、そこへ、教授が読んだ清掃係が現れた。「おい、なんか掃除するやつが来たけど回収してほしい部位とかあるか?」「耳を回収してくれ。お前の声が聞こえるからたぶん近くにはあると思います」片方の耳は高橋の筆箱の中に入っていた。もう片方は、大久保の言うように、おれの足元に落ちていた。「これで揃ったぞ。お前の顔」「助かるわ、さんきゅ」「でも、お前なんで爆発したんだ」「おれもわかんねえよ。ただ、サルトルとカミュの喧嘩があまりにバカらしく思えて、あほかよ!って思った瞬間爆発した」「サルトルの怨念だな」「そうかもな」
 講義も中断され、暇になったおれは大久保の鼻の穴に眼球をねじ込んでみた。「ぶはははははは」あまりのアホ面におれは爆笑した。「高橋、高橋見ろよこれ!」「え?なに?ぶはははははは」高橋は腹が捩れるほど笑った。「なんだよ、おれにも見せてくれよ」大久保が言う。近くに座っていた女学生に鏡を借り、大久保を写して見せた。「ぶはははははは」大久保は笑った。が、その笑い顔があまりにグロテスクで、おれたちもつられて笑ってしまった。「ぶはははははは。ぶはっ。ぶははははははは」「ひいっ、おめっ、おめえおもしれえな。ぶっ」「え、おれおもしれえ?ぶはははははは」テンションが上がったおれたちは大久保の顔のパーツで遊びまくった。大久保も一緒になって遊んだ。講義の時間はまだまだある。大久保が笑うたびに大久保の本体が揺れた。

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