見出し画像

2040年 ある青年のつぶやき(6)

 まあ、ざっと知っている範囲で、ここ数年の日本の変化について話したけど、なんせ、僕、まだ18歳なんで、事実誤認しているところや日時や人名、地名が曖昧だったり間違ったりしているかもしれないことは、あるかもしれないから、先に謝っておくね。

 僕が生まれたのは2022年の2月7日なんだ。2月7日って、なんの日か知ってる?北海道民なら知っている人もいるかもしれないけど、他の地域の人は知らないでしょう。正解は、『北方領土の日』。なんとかっていう首相が、ロシアとの交渉に失敗して、結局ロシア日本間には領土問題はないって言われちゃって、北方領土とは呼ぶなってことになったらしい。だけど、北海道民、特に戦争中そこに住んでいた人にとっては、やはり大切な場所だったそうだ。今はもう、当時の住民で、存命中の人は片手ほどの人数しかいないらしいけど。

 当時、生みの両親と今の両親は東京にいた。前の年の2021年の夏は、ものすごい数の感染者が出て、保健所も、病院も、キャパオーバーになって、入院も、ホテルなどの家以外の場所での療養すらできずに、重症化する人や亡くなる人が出たと聞く。他国に数ヶ月遅れて始まったワクチン接種も、やっと10月に、全人口の6割が2回接種を終えた。

 生みの両親は、当時、東京で小さな洋食屋を営んでいた。コロナ感染症が広がって、政府が、緊急なんとかっていうのを出して、お店は休業しなければならなかった。テイクアウトやデリバリーで、なんとか頑張っていたらしいけど、大変だったみたい。そんな時に、僕がお腹にいることがわかった。生みの母と今の母は、不妊治療の病院で知り合ったんだって。同じ悩みを話し合ううちに、仲良くなったらしい。ただ、結局、その治療はものすごく高価だし、体にも負担がかかるから、二人ともすぐにやめたって言ってた。なのに、なぜか、コロナ禍に、40歳まであと2年って時に、僕を妊娠したんだっていうから、驚きだよね。その両親も、いつ、お店を開けてもいいようにと、いろいろな伝手を使って、8月にはワクチン接種を終えていたそうだ。母は、ワクチンの害がお腹の赤ちゃんに出たらどうしようとものすごく心配したそうだが、杞憂に終わったそうだ。

 実は、今の母が、そのあたりのことを、こんなふうに正直に話してくれた。

「彼女に妊娠のことを言われた時、おめでとうって笑顔で言ったけど、本当は羨ましくて仕方がなかった。嫉妬したのよ。家に帰って、どうして彼女にだけ?って思うと、涙が出た。」

「あの時は、僕は何もしてあげられなかった。ただ、君のママの心の傷が癒えるのをじっと待つだけしかできなかったんだよ。」

と、父がぼくにボソッと言った。

 2021年の9月末になると、感染者数が激減して、緊急なんとかってのもやめになって、お店も徐々に時間延長やお酒提供可能になった。お客さんが戻ってきて、活気が出てきた。ただ、店内の換気をしっかりとするために、換気機能の検査と換気扇の取り替えとをして、結構な出費になったみたい。だけど、そのためか、お店のお客さんが感染したという話は一つもなかったって。そのいい感じが年末まで続いたけど、やはり、新しい変異株の感染の波は年明けから徐々にきた。

(これはフィクションです)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?