見出し画像

【前編】探究型の学びが育む、たくましく生きる力~千葉県袖ケ浦市・前沢幸雄さん、松井恭子さん

千葉県のほぼ中央に位置する袖ケ浦市。このまちは、図書館振興財団が全国の小中学生を対象に開催している、「図書館を使った調べる学習コンクール」において、最高賞に当たる文部科学大臣賞を受賞した児童生徒が何人もおり、自治体別で最多の入賞者数を誇ります。
コンクールでは、子どもたちが自ら設定したテーマについて、図書館の本を中心に調べて、研究成果をひとつの冊子にまとめたものが出品されます。
コンクールでの好成績の理由についてはもちろん、その土台となっているであろう袖ケ浦の教育環境、関係者の皆さんの子どもたちとの向き合い方をぜひ学びたいと考え、今回のインタビューを申し込みました。
お話をうかがったのは、学校現場や行政で袖ケ浦の教育に携わり、現在は市の学校教育課長を務める前沢幸雄さんと、市内で20年以上にわたって学校司書として勤務されている、松井恭子さん。経験豊富なお二人のお話から、探究型の学びが子どもたちの生きる力を育むことを強く実感する時間となりました。

【千葉県袖ケ浦市】
人口:6万5683人(2023年2月1日現在)
面積:94.92平方キロメートル
産業:エネルギー産業、コメ・野菜など農業
交通:東京駅から鉄道で約1時間20分、車で約50分
【取り組み】
・1993年の市制移行時から読書教育を重点施策に位置付け。学校図書館を活用した調べ学習を重視し、取り組みを展開している。
・1995年から学校司書を各小中学校に配置。全国的に非常勤や複数校の兼任が多い中で、市職員としての雇用のもと、常勤かつ各校専任としている。
・1997年に「図書流通システム」の稼働を開始。学校図書館と公共図書館、郷土博物館が資料を賃借し合える物流体制をとっている。
・2000年から「袖ケ浦市図書館を使った調べる学習コンクール」を開催。全国コンクールでは最高賞に当たる文部科学大臣賞の受賞など、好成績を収めている。
・2005年に「学校図書館支援」センターを設置し、学校図書館の運営や授業での活用をサポート。

気づき、調べる土台づくりを学校教育から

袖ケ浦市立中央図書館で、学校司書の松井恭子さん、学校教育課長の前沢幸雄さんと

千葉 私が袖ケ浦市の方にお話を聞きたいと思ったきっかけは、やはり「図書館を使った調べる学習コンクール」なんです。成績はもちろん結果として素晴らしいのですが、その過程でどのような指導がなされているのか、まちとして子どもたちをいかにサポートしているのかという点に、ほかの自治体も参考にできるヒントがあるんじゃないかと考えたんです。

前沢 おっしゃるように、市として大切にしているのは、図書館を使った調べ学習を通して、子どもたちにさまざまなことへの興味関心を深めてもらうという点。学習指導計画の中にも、普段の授業の中で図書館を活用することが盛り込まれており、コンクールの成績は、あくまでそうした活動の結果としてもたらされるものです。

千葉 子どもたちは具体的に、どのような形で図書館を利用しているのでしょう?

前沢 週に1度、クラスごとに設けられている「図書館の日」に、子どもたちが学校図書館へ行き、授業の中で疑問に思ったことや、興味を抱いたことについて調べるというのが一例ですね。それ以外にも、教員や学校司書の皆さんが、児童生徒とのコミュニケーションの中で関心や疑問を引き出し、図書館を使って調べてみるよう促しています。

千葉 なるほど。コンクールのためにテーマを見つけるのではなくて、テーマとなる気づきを持ち、調べるという習慣づけが普段からなされているわけですね。

松井 そうですね。テーマと調べる作業を結びつけるためには、まずは図書館にはいろいろな本があるんだというのを、子どもたちに理解してもらうことが第一です。

千葉 そういう意味では、小学校に上がる前から本に親しむということが大切かもしれないですね。

松井 図書館が主導する活動としては、4か月教室で絵本を配布するブックスタートや、読み聞かせのお話会にも力を入れています。

前沢 ここ数年はコロナの影響で中止していますが、高校生が保育所や幼稚園に行って読み聞かせをしたりという活動もあります。市としても小さいうちから本と接してもらえるよう、保護者の皆さんに呼びかけをしています。

千葉 そういった素地ができてから小学校に上がると、図書館が楽しい場所に思えるでしょうね。本に親しむところから、実践的な調べ学習へと進んでいく中では、どのように指導をされているんでしょう。

前沢 低学年の時に、学校図書館で本を借りる手順を教えるところから始まり、学年が上がるにつれてテーマ設定の仕方や情報収集のさまざまな手段、細かな部分では引用文献の記載方法などを指導していきます。教育委員会は独自に調べ学習のポイントをまとめた「学び方ガイド」を制作して、各校で役立ててもらってもいます。

千葉 「学び方ガイド」を見せていただいたのですが、本当に充実していますね。突然、「調べ学習をしましょう」と言われても、子どもは何から始めればいいのかわからないはずですが、ガイドではどのようにして情報を集め、まとめていけばいいのか、きちんと説明されています。子どもたちは常にこれを参照しながら調べ学習を進めているんですか?

前沢 はじめのうちは、ガイドに頼る場面も多いですが、学年が上がるにつれて、だんだんと内容が身につくようです。

千葉 小中学生向けというと、易しい内容かと思ってしまうのですが、これは大学生になってからも活かせるような研究の基礎が詰まっていますね。

松井 実際に袖ケ浦の卒業生からは、「調べる学習をしていたから、卒論には全然困らなかった」という声もたくさん聞きますよ。

「学び方ガイド」は小学生版と中学生版があり、各校の学校図書館に40部ずつ配置している

興味の探求は誰にでも開かれた楽しみ

千葉 そのようにして普段の学習をした延長で、夏休みにコンクール用の冊子づくりがあるわけですね。参加は任意となっているようですが、どのくらいの割合の児童生徒が出品しているんでしょう。

前沢 おおむね7割ですね。地域大会に当たる市の教育委員会主催のコンクールを2000年に始めてから、もう20年以上になりますので、子どもたちには当たり前に毎年あるものとして認識されていると思います。

千葉 運動や勉強は子どもたちの間で得意不得意が出やすいですが、興味関心に応じて本に触れるということは、誰にでもできるというのがいいですね。しかも、調べ学習をするための基礎は、学校教育の中で等しく提供されている。

前沢 袖ケ浦版のコンクールを設けたのも、そのような考え方が背景にあります。夏休みの自由研究というと理科の分野に限られがちですが、調べ学習の場合は、誰でも好きなように興味関心を広げられますからね。

千葉 過去の出品作を見てみても、環境や健康、文化などテーマはさまざまですね。これらの冊子をまとめ上げるまでは、どのようなステップがあるんですか。

前沢 まずはテーマ設定から始まります。普段の学習や生活の延長でテーマが見つかることもありますが、それをどんな角度から掘り下げて、どのようにまとめるのかという方針は、担任が学校司書の皆さんに協力いただきつつ、児童生徒一人ひとりの話を聞きながら固めていくところが大きいですね。

松井 私の勤務する中学校の場合は、夏休み前にガイダンスも行っています。ブレインストーミングをして自分の関心分野を探してもらいつつ、「先生たちは各教科の専門家なんだから、どんどん質問しましょう」とか、「公共図書館はレファレンスサービスもあるので、気軽に相談してみてください」といったことを伝えるんです。あとは教育委員会主催で、親子向けの「調べ学習相談会」も実施されていますね。

大人たちは「子どものため」で通じ合える

千葉 自由研究は子どもたち本人だけではなく、保護者と先生の3者を一緒に盛り上げていくことが大事ということですね。調べ学習は、子どもたちと家庭・学校の大人たちとのコミュニケーションを促す仕かけにもなっていると思うのですが、そうした人との関わり合いは、もっと外側へも広がっているのでしょうか。

松井 市の郷土史博物館には低学年のうちに訪れますので、それをきっかけに調べ学習に使う子もいますね。あとは、時代の変化とコロナ禍ということもあって、企業のお客さま相談室などにメールで質問する児童生徒も見られるようになってきましたね。

千葉 私たちの子どもの頃には想像もできない手法ですね。

松井 それがまた、企業の方も丁寧にお返事をくださるんです。

前沢 やはり、大人たちには皆、子どもたちの興味関心を広げてあげよう、疑問に答えてあげたいという気持ちがあるんですよね。

千葉「子どものため」という思いは、大人たち皆が共有できるもの。調べ学習が、この地域の大人たちを一体にする役割を果たしているかもしれないですね。

松井 冊子をまとめた先まで言えば、中学校では作品をもとにプレゼンすることをゴールにしているんです。すると、「あの人がこんなことを知ってるなんて」と驚かされたり、冊子自体は薄いのに、プレゼンはすごく上手な子がいたりして。生徒たちはプレゼンを通してお互いの個性を感じていますし、発表がまた次の年度の調べ学習への意欲を高めもするんです。

前沢 研究は自分一人で完結してもいいですが、それを表現して共有するというのもまた、大切なことなんですよね。

千葉 その経験は将来的な自己肯定感にもつながると思います。子どもたちには好きなことをどうやって突き詰めていけばいいのかわからなかったり、そもそも自分の興味に気づくこと自体が難しいかもしれないですよね。そんな中で調べ学習は、興味関心を自覚して掘り下げていく仕組みとして機能しているんですね。

松井 自分の興味に一度気づいた子どもは、驚くほどのエネルギーを見せてくれますよ。たとえば、コンクールで文部科学大臣賞を受賞したこともある生徒は、小学1年生から中学2年生の今まで、ずっとジンベエザメについて調べていたりとか。

前沢 それに、子どもたちがまとめた冊子を見ると、どんどん成長していることがわかるんですよね。最初は読書感想文の延長のような、用紙1、2枚くらいのところから始まって、だんだんと厚く、内容も濃くなっていくんです。

知的な営みの積み重ねが共感力を生む

千葉 袖ケ浦市の子どもたちの様子をお聞きすると、とてもたくましい印象を受けます。それは、市が教育目標に掲げている、「生きる力」を育むことと共通していると思うのですが、子どもたちの学びと生きる力について、お二人のお考えをお聞きしてもよいでしょうか。

前沢 生きる力というのは、主体的に学ぶ力そのものだと思います。知識はひとつ身につけて終わりではなく、次へ次へとつながっていく。その中で、情報を分析したり、表現したり、他者と意見を交わしたりということが繰り返されていきます。そのような営みの積み重ねが、生きる力となっていくのではないでしょうか。

千葉 私も、生きる力は学ぶ力だと考えているんです。学ぶことは苦行のように捉えられがちですけど、学ぶ力は決して苦しみに耐える力ではない。学びの楽しさを感じられることが、生きる力だと思います。

松井 その考えに通じていそうですが、私も生きる力は「自分で考える」ことだと思います。本を読んで知識を得ることで、いろいろな物事を比較し、関連付けて考えることで、他者の立場を理解することも、自分自身を理解することもできるようになる。

千葉 そのご意見にもまったく同意します。教育を「知・徳・体」という言葉で表すことがありますが、その中の「徳」に当たることなのかなと。私は「共感力」という言葉を使っていますが、自分意外の物事に思いをはせる、そしてその範囲を広げていくのが「徳」を学ぶことなのではと感じています。

前沢 一生を通してふれあえる人の数は限られていますが、本の中でならば、普通に生活していては会えないような人にも出会うことができますからね。

千葉 そういう出会いから共感力を高めていけば、地球の裏側にいる人のことも、未来の人たちのことも、あるいは人間以外の動植物、細菌などにまで意識を向けることができる。無限に広がった心の世界は、とても豊かではないでしょうか。

後編へつづく)