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田んぼの金魚はシーモンキー?

 子どものころ、「シーモンキー」がたまらなく欲しかった。1960年代のことで記憶もおぼろげだが、少年雑誌にはよく、猿顔の人魚みたいな絵の広告が載っていた。
 その正体がわかったのは、大学に入ってからだ。魚の飼育に詳しい先輩が魚のえさにするブラインシュリンプの一種がシーモンキーだと教えてくれた。ブラインは、英語で塩水を意味する。だからブラインシュリンプを直訳すると、塩水エビとなる。
「つまり、シーモンキーは外国の塩水湖にすむ動物プランクトンってわけだ。日本にいる淡水性のホウネンエビは、その親せきだな」
「ホウネンエビ?」
「田んぼでよく見るだろ」
「そ、そうですか……」
 だったら見たくなるのが人情だ。幸いにもそれから数年後、自分の田んぼにいるという農家の人に出会った。
 6月初めの暑い日。初めて見るホウネンエビは猿顔ではなかったものの、あこがれの広告の絵の雰囲気に近いものを感じた。タイトル写真がそのホウネンエビだ。
 からだは半透明。えらのような多数のあしを動かし、ひっくり返って泳いでいた。弱っているのではなく、腹側を上にした背泳ぎこそ、ホウネンエビ流の遊泳法なのである。

ホウネンエビはたいてい、腹側を上にして泳ぐ

 ゾウアザラシの鼻を小さくしたような頭を持つのがオスだ。メスは腰に、コーヒー豆や標本用の種子を入れるイカ瓶に似た卵のカプセルをぶら下げている。どちらにも、よく目立つオレンジ色の尾が2本付いていた。

横から見た雌雄。上がホウネンエビのオスで、ゾウアザラシの鼻を連想させる頭を持つ。
下がメス。

 田んぼでは一般に、水稲の根張りを良くするための中干しをする。一時的に水を抜く作業だが、そうなったらホウネンエビは生きていられない。そこでその前に、長い間眠ったままでいる卵を産み残す戦略に出た。
 ミジンコ類でよく知られる耐久卵(休眠卵)だ。ふ化には一定の乾燥期間が必要で、たいていは翌年、田植え後の誕生となる。
 この耐久卵のおかげで乾燥を耐えぬき、ふ化した幼生は、脱皮をして成長する。オレンジ色の尾をゆらゆらさせて独特の泳ぎを見せるようになったら成体、すなわち親である。
 その2本の尾を金魚の尾びれに見立て、「田金魚」と名づけて売り歩いたのが江戸時代の行商人だ。大量に発生した年は豊作になるというので、「豊年エビ」の名も広めた。田んぼの和製シーモンキーは、なんともめでたい生き物だったのである。
 小さな水槽に入れて、幾度か飼った。だが見慣れると、初期の情熱はどこへやら。そのうちすっかり忘れてしまった。
 ところがある日、放置してあった水槽を何気なくのぞくと、ホウネンエビが2匹泳いでいたのである。軒下で5年以上はほったらかしだったはずだが、数日前の横なぐりの大雨で水槽に水がたまり、底にほんのすこし残っていた土の中の耐久卵がめざめたのだ。
 底土の「田金魚」。底ぢから、恐るべし!

じいちゃんの小さな博物記⑥

谷本雄治(たにもと ゆうじ)1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。