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稲作の神さまは、宙に浮かぶ巣でしずかに暮らす~じいちゃんの小さな博物記⑰
米づくりを休んでいる田んぼで小さな巣に出会った谷本さん。
会いたいと思いながらなかなか会えないカヤネズミの巣でした。
カヤネズミは、イネ科植物の種子や昆虫類を食べる田んぼの益獣。
「大切に見守りたくなります」と紹介してくれました。
『草木とみた夢 牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などの著者、谷本雄治さんの「じいちゃんの小さな博物記」第16回をお届けします。
谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。
きっかけはカメムシだった。
「いたよ、鳴くやつ。鳴いてなかったけど」
「どこ?」
「ガッコ裏の田んぼの横」
かすかな声でチーッと鳴くとされるニッポンコバネナガカメムシを中学校の裏で見つけたと、孫が知らせてきた。
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これを探そうとしなければ、カヤネズミの存在には気づかなかった
うれしくなって出かけると、アシだかオギだかよくわからないが、俗に「茅(かや)」と呼ばれる植物の茎を包むさやの中に、数匹かたまって潜んでいた。体長は約5ミリ。ススキの穂でフクロウをつくろうとしたとき、はい出してきたのを見て以来のことだ。
「よく見つけたなあ。えらいぞ!」
孫をほめて、なにげなく茅のしげみの奥に目をやると、ボールみたいに葉を丸めたものが見えた。直径10センチぐらいだろうか。
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もしかして――。
「あれ、カヤネズミの巣じゃない?」
子どものころ飼っていたジュウシマツのわらの巣を、宙に浮かせた感じに見えた。
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カヤネズミは日本最小のネズミで、頭胴長は約6センチ。しっぽは7、8センチ。体重は約7グラムで、五百円玉とほぼ同じだ。
生息地は全国的に減っているという。それなのに、ご近所といっていい田んぼで巣が見つかったのだ。なんという幸運だろう。
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カメムシを探していなければ見つからなかった
そこは、米づくりを休む休耕田のひとつだ。しかもまわりの田んぼは、農薬の使用を控えている。自然に生えてきた茅なのか、刈り取りもせず、冬場もそのままなのは知っていた。
それ以来、姿が見たくて何度も足を運んだ。冬になれば地上に巣をつくる習性があるので、季節に関係なく、その茅場をすみかにしているはずだ。
巣がある茅の中に入るわけにはいかない。そのため周辺からのぞくだけだが、巣は少なくとも3個見つけた。カラスのえじきにされる場面も一度だけ目撃した。
カヤネズミの姿をはっきり見たいと願っていたら、地元の動物園で飼っているとの情報を得た。それならと生息環境を再現した展示ケースの前でねばったが、ちらっと見えても、すぐに隠れてしまう。とても写真は撮れそうにない。ネズミだから、基本的に夜行性なのだろう。
別の日。閉園ぎりぎりの夕ぐれどきにのぞいてみた。
褐色の毛づやのいいカヤネズミたちが、えさを食べたり、元気よく走っていたりした。
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しっぽが長いことを除けば、小さなハムスターのような感じだ
千葉県の一部はカヤネズミを、稲にちなむ「イナッチュ」の愛称で呼ぶ。雑草の種子や害虫を食べてくれるからか、豊作を願い、巣を模した「稲玉」を神棚に供えてきた。カヤネズミは、稲作の神さまだったのだ。
空っぽの巣でもいい。こんど見つけたら、生息地の保全と伝統行事の継承を祈るとしよう。おまけとして野生の姿を見せてくれたら、もっとうれしいんだけどね。