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じいちゃんの小さな博物記⑤ だまし上手と知恵比べ/アリグモ
「アリそっくりなのに、なんか変。新種のアリかと勘違いされることもあるアリグモは、クモのなかまです。今回は身近にいるアリグモのひみつをお話しします。」
『草木とみた夢 牧野富太郎ものがたり』(出版ワークス)、『週末ナチュラリストのすすめ 』(岩波科学ライブラリー)などたくさんの著書をお持ちの谷本雄治さんからの「小さな博物記」第5回をお届けします。
谷本雄治(たにもと ゆうじ)
1953年、名古屋市生まれ。プチ生物研究家。著書に『ちいさな虫のおくりもの』(文研出版)、『ケンさん、イチゴの虫をこらしめる』(フレーベル館)、『ぼくは農家のファーブルだ』(岩崎書店)、『とびだせ!にんじゃ虫』(文渓堂)、『カブトエビの寒い夏』(農山漁村文化協会)、『野菜を守れ!テントウムシ大作戦』(汐文社)など多数。
「ごみじゃないの?」
「クモだよ。ゴミグモっていうんだ」
「ふーん。だけど、どこにクモがいるの?」
「えっ?」
丸く張った網の中央に陣取っているのに。
孫には、ごみくずしか目に入らないようである。
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「ぬけがらとか食べかすとか、いっぱいあるだろ。そのまんなかに、ほら……」
指の先に、ゴミグモがいる。新しい網を張る際には、それまでに集めたごみもわざわざ使うらしい。そうやって自分の気配を消しているのだろう。
そのゴミグモよりもさらにだまし上手なのが、ハエトリグモの仲間のアリグモだ。見た目がアリというそのまんまの名前だが、クモだと見抜くには相当な眼力が求められる。アリもいる庭や公園という身近なところで見るからか、目の前にいても気づかない。
クモと昆虫のいちばんのちがいは、あしの本数だ。クモのあしは、昆虫よりも2本多い。そして、頭と胸がひとつになった頭胸部と腹部に分かれている。
それだけ知っていればまちがえることはなさそうなのに、まんまとだまされる。アリグモのまやかし術は、それだけ巧みである。網を張るクモはじっとしているが、徘徊型のアリグモは一カ所にとどまることなく、せかせかと動きまわって獲物を探す。
アリを見たことがない人はいまい。じっくり観察することはなくても、その動きはなんとなく覚えているだろう。
アリグモは8本あるうちの前あし2本を持ち上げ、せわしなく動かす。それは、食べ物を探すアリの触角の動きそのものだ。8個ある目玉にしても正面2個はよく目立ち、アリの複眼を思わせる。
前あし2本を触角に見立てると、残るあしは6本。昆虫のあしの数と同じになる。しかもアリグモの頭胸部にはくびれがあって、ちょっと見た感じは昆虫そっくりの体形だ。
![](https://assets.st-note.com/img/1653630909777-BIxl0O50bN.jpg?width=800)
いちばん前にある2本を持ち上げ、食べ物を探すアリの触角みたいにせわしなく動かす。
大きめの正面2個の目玉は、アリの複眼を思わせる。
アリグモが賢いのは、まねる相手としてアリを選んだことだろう。ああ見えてアリは、自然界で恐れられる存在だからだ。
異常を察知すると仲間を呼び寄せ、集団で襲いかかる。蟻酸として知られる毒液や毒針を持つ種類もいる。だからアリを敬遠する生き物は、思いのほか多い。
むふふ。だがぼくは、アリグモの弱点を知っているんだぞ。試しに、葉にとまっているところをツンツンしてみると……おしりから糸を出して落下するのだ。
これをいつ、孫に見せるか。それを思うと、自然に笑みがこぼれる。
最近の研究から、アリグモの興味深い一面も明らかになった。外国産のアリグモの中には、多くのハエトリグモが持つ跳ぶ力が鈍かったり、獲物の捕獲率が下がったりするものがいるそうだ。
アリに似せすぎたばかりにもともと持っていた能力が低下するとしたら、ものまねの度を越したということか。過ぎたるはなお及ばざるがごとしとは、よく言ったものだね。