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薄濁った色の虚栄心


君は、この先男関係ずっと苦労をするよ、絶対。

飲んでいたハイボールが刺さるような痛みと共に身体中をめぐる、そんな錯覚さえ覚えた。瞬間的に怯えた目をした私の気持ちを察したのか、おじさんは小さく笑う。おじさんの手元の緑茶ハイの緑が妙に濁って見えて、まずそうだな、なんて思考の働かない頭で考えてみた。

きっと。という言葉だったらまだ救いがあった。おじさんは、絶対、といった。絶対、なんて私はなかなか言えた試しがない。だってその言葉を言ってしまうと逃げられないから。余程の自信と、それにつながる理屈や理由があるのだと思った。
そんなに滲み出てますか、わたし!不幸感!なんて笑って言ってみると、気持ち悪いくらい自分の声が宙に浮かんで聞こえた。

たのしんでますよ!まいにち!!
酔っ払って理性を失ったふりをして。まだ確かに回る思考をみないようにして。ばかみたいに声を張って、道化みたいに笑って。
それなら、いいんだけどね
おじさんは濁った緑茶ハイに口をつける。まずいでしょそれ。きっとまずいはず。あ、また絶対っていえなかった。まずくあってほしい。だって。だって。だって。
ガヤガヤと賑わう金曜日深夜の大衆居酒屋は、年齢も性別も職業も人柄も関係なく混ざり混ざって混沌としていた。全員が顔を赤らめて笑う。楽しそうに笑うそんななかで、私だけが浮いているような気がした。ハイボールを飲み干す。お。飲むねえ。大丈夫?なんて周囲の心配する声。
にっこり笑って、空っぽな気持ちを埋めるように、おかわりを頼んだ。緑茶ハイ。
どいつもこいつも楽しそう。だから私はここがすき。絵に描いたような無礼講。
おんなじの、頼むんだね。おじさんはわらう。
私の手元に運ばれてきた緑茶ハイはおじさんのものよりずっと透き通っている。
きっと、透き通っている。

だって、悔しいんですもん。

声に出せなかった気持ちは体の中に溶けていく。じわりじわりと浸透する。
めちゃくちゃに酔っぱらえたら、楽だったのにな。

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