愛と哀しみのQVC⑦

第六章:様々なライヴ体験談
 ここで、いくつかの番組の放送の体験談をご紹介したい。
 キッチンウェアと食品は、二階にキッチンスタジオがあり、基本そこから放送していた。
 キッチンウェアのカテゴリーで『七福』という漆塗りの器の番組があった。
それまで何回かO.A.したが毎回売れ行きは芳しくなかった。
キッチンスタジオでフラットに見せるのが原因ではないか、とテコ入れを図ることになり、キッチンスタジオではなく、一階の通常スタジオで放送することになり、そのLPの担当の役割が私に回ってきた。
先方も今度ばかりは売りたいと気合を入れ、フードコーディネーターを同行させ、販売する商品に実際に料理を盛り付けてイメージをしやすいようにしていた。
 当初は普段、主にアパレルを紹介するフロアで、モデルが着用の様子を見せるステージの縁に座って進める予定だったが、ゲストが高さがあるので怖いとのことで、当日のその前のフロアが空いていて使える状態だったこともあり、フロアの地べたに畳を敷いてナビとゲストに座ってもらい、低い足のテーブルの上に料理を盛り付けた商品群を配置した。
すると、気が利くCPのW君が「初谷さん、障子ありますよ」とバックヤードから見つけてもってきてくれた。これがあれば、ゲストとナビツーショットの画のとき、ヌケの画の心配も無い。
こうして、今までのキッチンスタジオでの放送とは、がらりと変わった雰囲気が完成した。

 スタジオに様子を見に来た外注のカメラマンのKさんが、
「はっちゃん、これさ、カメラの首をMAXで上げて俯瞰でなめていくから、ナビさんはその間にあたまのコメント喋って、ツーショットになったら挨拶、って感じでいこうよ」と提案してくれた。「なめる」とは「PAN」という業界用語でカメラを横に動かして映像を見せることだ。
「いいですね、それでいきましょう!」私もその提案にノリ気になった。
やはり、放送するスタッフの多くがポジティヴに準備を進めるのは気持ちがいいものだ。
 そして番組が始まり、打ち合わせ通りKさんが綺麗に冒頭の映像を捉えてくれた。
LP席のとなりにある売り上げデータを表すPC画面に、番組が進むにつれ、それまでにない受注数が計上されてゆく。こんなに売れていくのは初めてだ。見せ方の効果も大きい。
番組の進行を妨げないように、LP席からインカムでナビに売れ行きを報告する。
するとナビが、
「いまプロデューサーから情報が入りました…今回の商品、とても売れているそうです!」
喜ぶナビ。
と、その隣でゲストさんが思わず泣きだしてしまった。
今までが今までだったので、やっと好評を博していることに感極まったようだ。
私も番組でこういうシチュエーションになる経験をしたのは初めてだ。
この回でこれまでの最高の売り上げを記録した。以降は担当するLPが変わっても、この方式が踏襲されていった。
スタジオのPC、カメラさん、皆がより良く商品を見せようと協力してくれたことがこの成果に繋がった。
生放送の通販のまさにこれがライヴ感だ。
LPひとりでは決して出来ない。その実感が番組の成果に現れた。
 放送が終わってゲストさんから商品の中から、お茶碗をひとつ頂いた。
中が赤い漆のもので、今はもう大分漆が剥げてしまっているが、今でもお味噌汁を飲む際に愛用している。

 QVCでは毎日、TSV(Today’s Special Value)という、その日だけの特別価格の商品を一日数回に渡って紹介している。
ある日のTSVの商品は、大昔に流行ったぶら下がり健康器のような商品だった。
 なぜ、今時こんな商品?と思ったが、どういう経緯だったのかは知らないが、兎にも角にもその日のTSVは、その” ぶら下がり健康”だった。
TSVは日付が変わった深夜0時の回から始まり、まずその回の売り上げがスタートダッシュになる。ここで調子が良ければ訴求点などを以降の放送に引き継ぎ、売り上げを最大化するために回を重ねるごとにより訴求点を増やしたりしていく。
 一方、初回の成績が芳しくないと日中の放送でテコ入れを図っていく。それで勢いを得て売れていく商品もある。
件のぶら下がり健康器は、どの例にも当てはまらず、どの回でも売れ行きは散々だった。
 社内には、夕方頃にはもう「今日のTSVは諦める」的な空気が漂っていた。
その日の最後のTSVは午後10時の回で、私がLP担当だった。
どうせ売れないんだから、1時間サブに座って好き勝手やればいい、くらいの気持ちで番組が始まる。
案の定、売れ行きは全く伸びない。もはや忍耐の時間を過ごしているようだった。
そのまま前半が終了、残り30分、どうにか時間を持たせようと突入した後半。
しばらくしてから、担当のナビがふと前屈をした。身体は少し硬めのようで自分の足にも指先が届かなかった。そして商品にぶら下がる実演をして、目安とされている時間分ぶらさがってから、再び前屈をすると、何と床面に指先が届いた。勿論、これはヤラセではなく、正真正銘の”ノンフィクション”だ。
するとどうだろう、この瞬間から一斉に注文の電話が鳴り始めた。
売れ行きを示すPCのモニターを見ると電話・IVR合わせた入電数が急激な角度で上がっている。もう、これは咄嗟の判断でデモを行ってくれたナビ様様だ。
結局、ここから注文の波は止まず、番組が終了してスタッフルームに戻り、自分のPCで売れ行きをチェックしても受電の波が落ちていない。
些細なことで、一気に潮目が変わる、こんなこともあるんだなあ、と実感したときだった。
 TSVは何回も担当したが、基本は沢山売れて当たり前、というものなので、余計にこの回は野球でいえば、最終回にサヨナラ満塁弾を放ったようで、いまでも強く印象に残っている。

 開局当初は、売り上げが安定するようになった時期に比べて、暗中模索というのか、結構冒険的な商品を紹介することも多かった。
 ある日、ベンダーが山野楽器で数十曲分の音源を内蔵したカラオケマイクを販売することがあった。カラオケマイク自体は商品としては特段珍しくはなかったが、特異だったのはQVC側の売り方だった。
番組の前にバイヤーからある意味、衝撃の発言を聞かされる。
「収録されている楽曲は一切歌えない」
なぜだったのかは不明だが、そのときのQVCは放送上で著作権のある楽曲を流したり歌ったりすることが出来ない縛りがあったらしい。
普通は放送局はどこも一定額をJASRACに支払って、BGMだったりでいろいろなアーティストの楽曲をそのまま使うものだが、QVCはそれがNGなのだという。
 放送免許を取得する時点で、音楽やJASRACの件も含め契約等々クリアになっているものだと思うが、そうではないのだという。
カラオケマイクで、歌を歌えない。そんなものをどうやって訴求して売ろうとするんだ。
担当するスタッフ一同脱力だった。
とはいえ、もう放送が決まって時間も迫っている。
仕方がないので、先ず用意されていた収録楽曲一覧の大きなフリップを映し、価格と比較して、またそれらを「このマイクだけで歌って楽しめる」と訴えてみる。
当然、お客様からの反応は無い。
結局、カラオケマイクなのでエコーの機能がついている。
それを使ってナビとゲストとして番組に出演した山野楽器の担当者が、
マイクを握りしめ「♪ああ~」と、ひたすらこぶしを効かせるデモを続ける。
まともな歌が歌えず、こぶしをエコーで響かせて誤魔化し誤魔化し進めるスタジオ。
正直、それを画面を通してみたら間抜けなものであった。
せめて、クラッシックの有名なメロディーでも口ぶさめば良かったのに。
クラッシックならハチャトゥリアンの『剣の舞』以外は著作権フリーだったろうに。
それでも、いくつかは売れたようで何なんだか。
そういえば、これ、この日のTSVだったような記憶が…

 QVCで勤務した中で一番印象深いのは、春山満さんの番組を担当したことだ。
 春山さんは、進行性筋ジストロフィーという難病を患っており、自身で首から下の身体の部位を動かすことが出来なかった。
そのため、車や飛行機での長時間の移動でずっとシートに座っていると臀部に痛さを健常者でも感じるが、そういう場合は自分で座る位置を変えて補正できるが、春山さんはそれが出来ない。
そこで、株式会社ハンディネットワークインターナショナルという会社を設立し、同じような悩みを持つ人や健常者でもダブルユースで使用できる商品を開発・販売していた。
 QVCではそのなかからクッションを販売していて、何度かの放送回数が過ぎたころ私がLPを担当する番が回ってきた。
何回か番組を担当したことのあるLPにどう進めるか概要を聞いていざ番組に臨んだが、内容は春山さんの講演会のようであった。
車椅子に座ってご自身の経験、商品の特徴などをひたすら話し続ける。ナビは聞き役で時折相槌を打つ、といった感じだった。
お身体の都合上、LPから余計な演出的な支持は出せない。ひたすら春山さんの話を聞きながら売り上げ状況をチェックしていた。
そこから、たまたまではあるが私が春山さんの番組の担当を続けて、ある日、いつものクッションに加え、新たに『ディプスリー』というマットレスが新商品として登場した。
就寝の際に、同じ体制で寝ていると体圧の負担で人は自然と寝返りを打つが、春山さんはこれまで述べてきたように、そういうことが出来ず快眠を得ることが出来ない。
そこで開発されたのが、この『ディプスリー』だった。
価格はシングルサイズで六万円。当時としてはチャレンジングで強気の価格だった。
しかし、番組が始まるといつものように春山さんの説得力のある話が展開され、初回という事で販売在庫数は抑えてはいたものの、短い時間でSOL OUTになり、残りの時間はクッションで消化した。
これにはバイヤーのトップもびっくりして、サブに飛び込んできて「やったねえ、売れたねえ!」と興奮していた。
 そして、以降は販売数量を増やして番組を進めたがSOLD OUTは続いた。
そんなある日の放送終了後、スタジオから出てきた春山さんから「ナビ・LPともこの二人で固定で今後も続けよう」と提案があった。
 春山さんの番組は、他の番組よりも特殊な面があったのは先に述べたがそういう体制を作れるのが、この間たまたまではあるが担当がずっと一緒だったナビと私だった。
回数をこなしたこともあり、春山さんに喋らせておく、余計な口は挟まない、LPも特に大きな支持は出さずサブで様子を伺いながら売り上げをチェックする、このスタイルがよかったようだった。
よって、編成が春山さんの番組を組むと必然的にナビとLPは担当がいつもの顔に決まる。
 私がライヴショー・ミーティングのある日でも、春山さんの番組のある日はミーティングを入れずに春山さんの番組のLPを優先することになった。
 その春山さんの番組で一度だけチャレンジブルな回があった。
春山さんの会社はQVCで紹介している二商品のほかにもいろいろな商品があったが、そこから自動で傾きを変えて寝返りを打つ効果を齎すベッドを紹介したときだ。『ディプスリー』のベッド版といった趣の商品だった。
大きな商品なので、もし販売する場合に配送や設置といったQVC側との問題があったのだが、それがある程度クリアになり紹介の日の目を見た。
先ずスタジオに搬入するのが大変だった。このような商品はもちろん前例が無かった。
そして価格は確か120万円だった。テレビ通販でほいほいと変える代物ではない。
そのため、商品の特徴と概要を説明して、関心をもったお客様はコールセンターへ資料請求の電話をしてもらう、という形をとった。
それでも、何件かの入電があったので驚いたものだった。

 スタジオの脇に放送直前に最終の打ち合わせをする小部屋があるのだが、そこは禁煙で、たばこを吸う人は外まで出ないといけなかったが、春山さんの場合はそれが無理なので特別な例外で、この部屋で喫煙が出来た。
 しかし、通常は禁煙の部屋なので灰皿がない。春山さんが来社されるたびにPCが駆けずり回ってどこかから灰皿を調達してくるという状況だった。そこで、陶芸を嗜む私の家内に事情を説明して、春山さん用の灰皿を陶器で作ってもらった。
 出来上がってから、また春山さんの番組の回が来たとき、私はその灰皿を持って部屋に行き「今度からこれを灰皿で使ってください」と渡すと、一瞥して「これ、いいなあ」と気に入ってくださったが、そのまま「自宅に持ってかえって使う」とお持ち帰りになられた。結局また灰皿のない打ち合わせの小部屋になり、以降またPCがそのたびに灰皿を探し回ることになった。あの灰皿はいまも春山さんのご自宅にあるのだろうか…
 春山さんが印象深いのは番組内で話すことに説得力があったからだ。商品を売るためのおべっかや商品の良さを敢えて大々的にアピールすることはない。なぜこの商品を作りそれがどういう効果を齎し、健常者とダブルユースで使える利点を明瞭に説き、また世間の事情と自分の会社で作る商品のコンセプトにある社会的な問題の乖離や矛盾点を鋭く提起し、本当の共生社会とは何かをいつも訴えていた。今の時代に叫ばれている共生社会を先取りしていた。
 商品を売って利益を出すためにテレビを観ているお客様に媚び諂ったりはしない、自分の信念を力強く語り続ける。QVCでは異色であったが、その異色さが私にはある意味心地良かった。今や世の中コンプライアンスに縛られ、発言にびくびくしているが、春山さんはコンプライアンスとまだ喧しく言われる前のこの時でも、その領域を侵犯しないように、しかし自分の言い分は正論として堂々と発言し世間を喝破する勢いがあった。
 ちなみに販売金額は私が担当するようになって毎回1時間で900万円は計上していた。「次はいよいよ1000万円!」といつも番組終了後に一緒に意気込んでいたが、入社以降忙しすぎて取れていなかった夏休みを年を越してやっと取って家内と海外に出かけていた時に春山さんの番組があり、代わってM女史が担当してくれたが、そのときに1000万円突破が達成されてしまった。おいしいところはもっていかれる、何とも自分は割の合わない性分だ。
 私がQVCを去ってから数年後にQVCでの春山さんの番組は終わったと聞いた。その後はインフォマーシャルの出演で商品を販売していたようで、たまにその番組を見かけたことがあったが果たして完パケ(通常の番組のように構成作家が台本を書き収録・編集したパッケージ型の番組)で春山さんは満足されていたのだろうか。言いたいことは言えたのだろうか。ご本人が重要と思って喋った内容が編集でカットされていたりしなかっただろうか。そういう意味では私が担当した番組は他を圧倒して売り上げも、春山さんの伝えたい内容も存分に伝えられた、そういうものになるお手伝いが出来たと自負している。
 残念ながら○○年に春山さんは他界されてしまった。その報を受けたとき、春山さんとご一緒した番組のことが色々と想い出された。同時に自分の人生に貴重な財産を与えてくださったことに改めて感謝した。

 会社の認知度が徐々に上がってくるとベンダーもより商売っ気が出て、著名人をスタジオにゲストで呼んで商品を販売する機会も多くなった。
大概のそうしたゲストは、こちら側の”お作法”を理解して、うまく立ち回ってくれるが、そんななか、暴走を止められないゲストが過去二人いた。
 一人は平野レミ。QVCでも早い段階で今でも売っている『レミパン』という万能フライパンを販売していた。
基本、ナビとレミさんのやりとりを踏まえつつ商品紹介をしていくのだが、何せあの平野レミである。始まったらマイペースが止まらない。時間内に色々作ってはくれるがナビは彼女を制御不能になる。
 もう一人はバーバラ寺岡。
彼女はイタリアか南米か忘れたが、そこの太陽の光をたくさん浴びた良質のオリーブオイルを売っていた。
ただ、こうした食品とはいっても、例えば彼女の紹介する商品は陽の光を存分に浴びており、何かの効果が高いと謳って断言を繰り返していたのだが、こうした断定表現は優良誤認などの公正取引委員会の取り締まり対象になってしまう。そのせめぎあいが難しいところで、事前に何度も彼女に「断定表現はやめてください」とお願いしているにも関わらず、番組が始まると『絶対』な表現をバンバン喋ってしまう。慌ててナビが言葉を言い換えてフォローするも、やはりこちらも暴走が止まらない。
ここまでくると、まるでドリフのコントだ。
幸い、公取から刺されるようなことは無かった

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