愛と哀しみのQVC⑧

第七章:体制変更~CP制度始動
 QVCの番組は大きく二つに分かれていた。
 一つは「ジェネリック・ショー」というもので、これはナビだけが画面に出演し商品を紹介するもので、主にジュエリーや生活雑貨の番組が多かった。
 もう一つは「ゲスト・ショー」で、これはメーカーやベンダーの商品知識のある人が一緒に出演し、ナビと掛け合いをしながら商品の訴求をより深く紹介するものだ。
 2年目にもなり、売り上げも伸びていくとこの「ゲスト・ショー」の番組編成の割合が増えていった。
24時間(当時は生放送は15時間)365日放送で、各番組を担当する全スタッフが一堂に集まって予定されている番組の進行や内容を打ち合わせる時間は作れない。特にPCや技術スタッフは2交代制で、殆どスタジオにいるので物理的に無理である。
そのため、2年目の夏頃に「コーディネーティング・プロデューサー(以下CP)」という職制が出来、ライヴ・プロデューサーチームがLP専属のスタッフと分けられることになった。

 CPは毎週2回、今後予定されている番組のベンダーやメーカーの担当者と事前に1時間打ち合わせをして、番組のおおまかな流れや訴求点を絞る「ゲストショー・ミーティング」というものに出席することが主要な業務になった。
 ベンダーやメーカーはマス媒体であるテレビを通して自社の商品を多く売りたい、そのため商品の特徴を一から十まで全て話そうとしたがる。
しかし、放送時間は最大1時間と限られているので、そんなことをしたら、番組が終わって視聴者には「結局、何がいいの?」という消化不良の感じしか残らず売り上げには結びつかない。
 そこで、CPがミーティングを主導して、先ず「テレビで商品を紹介するということがどういうことなのか」という、メディアを使っての商品販売の”お約束”や、あえもこれもと希望する訴求点の紹介内容を、より視聴者が購買に傾くように強いものから順に絞り要点を集約する。
 また、ミーティングを通して「番組に出演する」という緊張感を事前にほぐすことも重要な役割だった。ミーティングは会議室で行うので、時にゲストとして出演する役割の人は饒舌になっているが、いざスタジオでカメラを前にすると緊張して話そうとしていたことが飛んでしまうことはよくある。 たとえ一般のテレビではなく、QVCの通販番組といえども、普段は一般企業の社員などとして働いている人が、いきなりカメラの前に、しかもQVCのカメラはロボットカメラでカメラマンはスタジオにいない状況で、一般にテレビより緊張する度合いは低いとはいえ、それが却ってプレッシャーになることもある。
ミーティングではCPが、そうした不安を事前に解きほぐしておくことも重要だった。本番ではナビがうまく誘導して話を引き出しつつ緊張を徐々に取り除く。こうして「ゲスト・ショー」は確率してゆく。
ライヴ・プロデューサーチームのスタッフは当時10人だったが、そのうち私を含め5人がCPとなり、他はLP専属としてライヴをそれまで通り担当するように役割が変わった。
とりあえず、私がCPのリーダーのような存在になり、各CPのミーティングの出席の割り振りと勤怠の休みのスケジュール調整を行うことになった。

 先に書いたように、担当スタッフ全員が一同に顔を揃える時間が作れないのでこのシステムになったので、ミーティングが終わると当然その内容をその番組を担当する予定の全スタッフと共有しなければならない。
そのために「構成表」というものに、ミーティングでまとめた内容を集約して記載するという仕事も派生した。
「構成表」という名称であるが、放送台本ではない。あくまでexcelでフォーマット化したものに内容を集約して記載し、おおまかな流れ・訴求点、PC向けには当日用意しておく小道具やベンダー・メーカー側が用意する必要なものなどを記載していた。
放送当日、各スタッフが放送前にこの「構成表」を見れば大きな流れは把握でき、放送に支障をきたさないように内容を詰め込んでおく必要があった。
このシステムとなったことで「構成表」はQVCの毎日の放送の中でも、ゲスト・ショーにおける”キモ”となった。

 毎週火曜日と木曜日が「ゲストショー・ミーティング」の日で、朝一から昼食の休憩を挟んで午後6時か7時まで1時間ずつミーティングが詰まっていた。5人のCPで回すので、自分が担当するミーティングの数が一日中ではない時もあったが、概ね一日がかりの作業だった。そして、遅くとも本番の前日までには、そのミーティングでの内容を「構成表」に落とし込まなければならない。この記載の業務が結構しんどい。ミーティングで話し合われた内容をメモしたノートに書かれている内容を「構成表」にするわけだが、一日がかりで、しかもカテゴリーも異なるミーティングに出席した後で構成表を作成するのは、よほどまとめる力が強くない限りは難しい。
 また、物理的にその日のミーティングの全ての分の構成表をミーティング終了後に全て作成するのは不可能だ。あくまで私の場合だが、一つの構成表をきちんとまとめあげようとすると最低でも1~2時間はかかる。しかし、毎週火曜日と木曜日はミーティングに忙殺されそれがずっと続き、構成表にまとめなければならない数は放っておけば山のように増える。ゆえにCPはこの作業工程の自己管理も大切な要素だった。
 さらには、各々割り振りが一時間に限られている為に商品の概要は事前にネットなどで自分で調べておいて、ある程度の情報はインプット済という前提の準備もしておかねばならなかった。

 さらにCPにとって悩ましいのは、この間にLPの仕事もしなければいけない、ということだった。24時間365日放送で当時の生放送は15時間でも、一週間のライヴは1時間1番組換算で105番組、一か月30として3150番組をLP専属組だけで回すことは、これも物理的に出来ない。なぜならLP組は担当番組のスケジュールによるが、1日の拘束時間が基本、休憩を入れて9時間。担当する番組の本番前にスタッフと事前の確認をする時間を加えると1番組に費やす時間は2時間で1日4番組の担当がMAXで、なおかつ番組ごとに担当LPが異なり、休日も加味すると、どうしてもLP組だけではライヴのスケジュールが埋まらない。そのためジェネリック・ショーを中心にCPもライヴに入り、編成を埋め合わせる。ゆえに、火・木曜日のゲストショー・ミーティングの日に途中ライヴをこなし、その後戻ってまた別のミーティング、ということは当たり前だった。

 CPの仕事はさらに、ゲストショー・ミーティングで受け取った訴求点などが入っているVTRの素材をQVCの本番でも使えるように編集をする作業もあった。
 ベンダー・ゲストから預かるVTRはVP(展示会やその会社のモニターに常時流している映像)だったり、別途以前に制作してもらったインフォマーシャルなどの場合がある。もちろんそれらをQVCの番組で全部流すことは出来ない。スタジオでのナビとの掛け合いをメインにあくまで訴求点の補助としてヴィジュアルで訴える力が強いものなどを選んで、最大でも1分くらいのものにCPが再編集して、実際の番組ではワイプという画面の端などに小さく四角い枠の中で流して見せる。
 この編集作業はテレビマン時代とほとんど同じもので、二階にある編集室で編集オペレーターに支持を出しつつ、どういう映像の組み合わせに改編するか相談しながら制作する。QVCの編集室はノンリニアというデジタル編集なので、作業自体に大きな手間はかからない。短いものは30分もあれば終了する。
 厄介だったのは、特に商品が健康食品で長尺のVTRを短く編集するときだった。
長いのでまずミーティングで打ち合わせた訴求点に該当する部分をピックアップする。
しかし、専門家の講釈の部分やエヴィデンスとして紹介される資料やデータの映像を短い時間でどうQVC用に再編集するか、また薬事法に抵触ないように、そうした部分はカットすることにも留意しながらの編集なので、このケースではさすがに編集室で「うーん」と考え込み頭を抱え、時間がかかることが多々あった。
場合によっては事前に預かった映像をスタッフルームのデッキで下見して内容を把握したうえで、要素を紙に書き出して机上の”仮編集”をして編集したこともあった。
 こうして出来上がったVTRは商品カテゴリーごとにダビングしてスタッフルームに置いて特にナビとLPが事前に確認できるようにして、その旨メールでも周知していたが、ナビはチェックして事前に観てくれる人もいたが、LPで観てくれる人は殆どいなかった。

 生放送のライヴは午前8時から午後11時までなので、翌日の8時までは、これまで放送した番組で、SOLD OUTになって在庫のない商品は除いて編集をした番組を放送していた。
 そのため、午前0時にその日の一回目となるTSVは同じく深夜帯の分は完パケ状態で放送となるが、何故か技術スタッフのチームがそのTSVの完パケを制作していた。
 正直、彼らが制作するTSVは売り上げが芳しくなかった。そして、ある時技術チームが制作にギブアップし、我々プロデューサーチームでCPが制作するように、とお鉢が回ってきた。この担当にはCPの中からHさんを専任にして制作してもらった。

 しかし、一方で「構成表」は有形無実化している面もあった。
スタジオにほぼ常駐しているPCや技術スタッフ放送当日の分の構成表をPCがコピーし、技打(放送スタッフよる確認ための打ち合わせのようなもの)で使ってくれてはいたが、中まできっちりと見てくれていたかどうかは疑問だった。
 そもそも、CPとCPが作る「構成表」をもとに番組を進めるいう制度がLP、技術スタッフらに疎まれている空気があった。
火曜日と木曜日はそれぞれ丸一日ミーティング漬けで、その後にその内容を「構成表」にまとめる。一人のCPが受け持つミーティングの数も一週間で結構あるので、その分の構成表をまとめるのも一苦労だ。火曜日と木曜日以外は殆どCPは構成表作成に時間を取られる。しかも、先に書いたように、その間にライヴもこなさねばならない。
しかし、会社の決めた制度あり仕事なのでCPは毎日頑張っていた。
私としては、構成表は限られたスペースの中に、ミーティングで決まった内容を、できる限り余すところなく、かといって過密にならないように、レイアウトも含め番組を担当するスタッフがわかるように作成したつもりだ。
しかし、それは私の単なる自己満足だったのだろうか、と時々思うことがある。

 こうして考えるとLPは法定基準の労働時間なのにCPは働きづめだった。
休みでも出勤して構成表をせっせと作っている。
編集室の都合で休みに出勤しないとVTRを編集できないこともしばしばだった。
CPには1日9時間拘束の労働基準は適用されないのか?
しかし、そんなものをまともに守っていたら、そもそも仕事が終わらない。
しかも、そこまでして心血を込めて作成している「構成表」と、それに基づいて番組を進めるシステムが無碍にされている。
そして、その不条理がその後様々な事件を引き起こしてゆく…

 ライヴ・プロデューサーチームがLP専属とCPに分かれ「構成表」をもとに番組を進めていく制度になって、CPと、LP・現場の不満のような乖離が、時間が経つごとに大きくなっていった。そして、それが原因でこのルールを破るLPの行為が増えていくようになった。
 小さなものから、そうした”事件”は、恥ずかしながら枚挙にいとまがなかったが、中でも私が最も許せない事件が勃発した。
あるキッチンウェアの番組だった。
こうした商品は、いかに便利でどういう料理が手軽に出来るかが最大の売りで、当然調理の実演を番組で生で行う。
商品の特徴を見せるために、なるべく多くの品目の料理を作る。そのためには、それぞれの料理の調理時間どれだけかかり、そのためにどのタイミングでどの商品で何を仕込み始めるか、という段取りをしっかり進めることが重要になってくる。
 その番組のミーティングは私が出席し、綿密な段取りを打ち合わせし、ベンダー・メーカ、そして当日出演ゲストともそれを共有していた。構成表にも限られたスペースいっぱいに分かりやすいように流れを記載しておいた。
しかし、放送当日にその番組を行うキッチンスタジオに担当LPが事前の最終打ち合わせと称して現れ、いきなり「構成表と段取りを変える」と言った。
本番直前にあまりにも身勝手な段取変更宣言だった。

 当然、スタジオは混乱になる。しかし、間もなく番組本番は始まってしまう。スタジオのゲスト、PCはミーティングでの合意、構成表の内容で進める段取りで仕上がってあので、どれほど番組が滅茶苦茶になったのだろう。
私はその時、いつものミーティングだったか何かで放送を見ていない。LPの身勝手な職権乱用的な行為で現場が混乱したと後で聞いて知るところとなった。
 担当LPが何を思って直前にスタジオに行って「段取りを変える」と決めたのか、その真意は分からない。ただ、この行為が明確なルール違反あることは確かだ。
 社内のスタッフが混乱しただろうが、いわば身内のことはどうにかなる。しかし、ベンダー・メーカー、そして当日出演予定だったゲストに対してはどうするのか。こんな横暴はビジネスの信用・信頼を貶めることになりかねない。このLPはいい歳をして、そんなことも判らなかったのだろうか。
 私の直属の上司が、この件で担当したPCから事情をヒアリングした。
そのとき、PCは泣きながらこの件について説明したという。
 キッチンスタジオのPCは特に準備や事前に決めた段取りに忠実に動いてくれる。そういう仕事だと理解をしているし、そうしないと全てがおかしくなることを重々承知ているからだ。だから、彼らが泣きながら状況を説明をしたというのは、余程のことだったに違いない。当然、ミーティングを担当し段取りをお膳立てた私も怒りが込み上げた。
だが、聞き及んだ範囲でこの担当LPに、これといった処分はなかった。
このころから私の頃の隅に「この会社は正直者がバカを見て、非常識な者が正当化されるのか」という不条理な体質なのかという疑念が芽生え始めていた。
 ちなみに、吉祥寺で『アドマジック』という、鮮やかな色彩のタオル生地を使って、ぬいぐるみや小物雑貨を販売しているお店があり、その商品をQVCで販売していた。
 何回か別のLPが担当で放送を行ってきて、私にその番が来たとき、スタジオで商品群を見て、とてもポップで楽しい商品が集まっていたので、ディスプレイはそれを活かして華やかに、遊び心満載で行こうと指示した。放送では販売しないアイテムも持参してくださっていたので、それも、レイアウトすることにした。
 基本QVCでは、販売しない商品はお客様が混同しないように画面に出さないようにしていたが、この番組の場合は賑やかさでスタジオの楽しさを伝えることで購買意欲につなげるのが効果的だと私は直感した。
 別にその日の販売対象ではない商品はナビが番組内で「今日はこれは販売しないんですけど」とエクスキューズのコメントを入れればいい。画面上のプロダクトボックスにその旨コメントを差し込んでもいい。コールセンターに問いあわせがあってオペレーターがわからない場合は、私が対処すればいいだけのことだ。
とにかく私はこの番組はポップに賑々しくしたかった。ワクワク感を満載にしたかった。
画面を通してお客様にそのフィーリングを伝えたかった。
それに相応しい商品たちなので、そうしなければ商品の魅力をみすみす殺すことにもなってしまう。だから遊び心満載にして自分もLPとして番組を楽しみたかったし、ディスプレイもPCに好きなように飾り付けてもらった。
前の商品の紹介が終わって、次に紹介する商品に変わるときカメラさんが販売しない商品のアップから引いていく、という撮り方をしてくれてカメラさんも楽しんでいた。勿論ナビは「これは残念ながら今日は販売しないんですけど、こういう商品も扱っているんですよ」とエクスキューズのコメントを入れてくれる。お客様から問い合わせや混乱は全く無かった。
 アイテムの中に、定番商品の「ネコクッション」という、ネコを模したクッションがあり、私も放送終了後に社販で購入し、スタッフルームの自分の席の椅子で愛用していたのだが、いつしか、この番組があるたびに冒頭でナビが「実はQVCでもあるプロデューサーが、このネコクッションを購入して使っているんですよ」と掴みのネタにされていた。
 しかし、このLPがこの番組を担当することになったとき、スタジオではPCたちが私のやり方が定番と思い、いつものように持参された販売しないアイテムも含め賑々しくディスプレイをしているところに「売らないものは置かないで!」と撤収させてしまった。当然スタジオに従来の賑々しさやワクワク感は無くなった。外注のカメラさんもその様子に残念だっていた記憶がある。勿論売り上げも私が担当するときよりも少なかった。
 このときは、このLPはあくまでもルールに乗っ取っており、特別な取り決めもなかったので、指示した内容に問題は無い。問題は無いが、その時は販売しなくても、お客様から反響はあって「次回は売ってほしい」という声が多くなれば、バイヤーとの商談によってそれに応じてラインナップも増える。そして売り上げも上がり勝利のスパイラルになる。
妙な時になぜか律儀にルールを守り、それと逆行することはセンスがない、としか私には考えられなかった。ルールを順守しても、商品の良さを殺す番組にしては意味がない。商品の良さを活かすために多少のルールを破っても売り上げにするのはある意味で「善」だ。つまり番組ごとにそのときの商品の良さをより活かすための演出のフレキシビリティが重要であり、そうした判断が出来ない人間がLPを担うことには疑問を感じるしかなかった。


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