『ラグビー憲章』介護訳(5) <情熱(passion)>

 一年前あれほど盛り上がったラグビー・ワールドカップ。その流れでトップリーグも観客が増えて、オリンピックでも8人制の代表選手たちが活躍し、関係者が望んできた競技人口の底上げが出来る…かと思った最中のコロナ禍。目論見は外れたが、この国のスポーツの一つの柱になることが出来たと僕は感じている。これまで紹介してきた<尊重><品位><結束><規律>の具現化がそれを可能にした訳であるが、最後に最も必要とされるものの一つとして<情熱>を挙げたい。


 去年のワールドカップでの快進撃が国民の記憶に残った日本代表だが、実はその前のワールドカップでも世界のラグビーファンを唸らせる活躍を残している。それが2015年9月19日の対南アフリカ戦。「史上最大の下剋上」とまで称された試合の勝利である。ご存じのように代表チームには世界ランキングというものが付けられており、ラグビーの場合はヨーロッパ勢や南半球勢がその上位を占めている。当時の日本代表は世界13位(現在は10位)、対する南アフリカは3位(現在は1位)であった。まともに戦えるはずはない。直接肌をぶつける競技であるラグビーは、他の競技以上に下剋上が起きにくいというのが定説であった。ランキングだけで言えば、カープが大リーグ選抜に勝つ以上の差があると言っても過言ではない。でも代表選手たちはそれをやってのけた。彼らは勝つことだけを目標に、それを決して疑わず信じ切って戦った。その結果が世界を驚愕させたのである。

 諦めず、自分たちのやっていることを信じ続けること。自分たちの仲間を信じぬくこと。

 言葉で言うのは簡単だが、それを形にするのは難しい、かもしれない。僕たちの仕事に振り返ってみたとき、スポーツでの勝ち負けほど単純に割り切れないことが沢山ある。しかし、理由はどうあれ介護に携わる仕事に就いたのであれば、世間から見れば一端の専門職、プロである。上手くいかないことや思ったようにことが運ばないことだって捨てるほどあるけれど、僕たち専門職が諦めてしまったのであれば、未来は進んでいかない。理想と現実のギャップなんて有って当たり前。でも理想を求めて小さなことでも改善していこう、という気概、情熱をもっておくことが現実の課題を打破してくれる。それが集まって事が動くのである。


 まだまだ歴史が浅いとされる介護の領域ではあるが、それでもいくつかの流派は存在する。考え方や手法についても、その先駆者や中心となる人物がまとめたものが有るし、そこに同調してある一定のグループとなり学びを深めている人々もいる。僕はといえば、あまんじゃくのイイとこ取りなので、何かの理論とかメソッドに傾倒していることは今のところ無くて、あっちかじり、こっちかじりして落ち着いていない。柱とか核になるものを持たない中途半端な奴と言われても仕方ないかもしれない。それはともかく。先駆者である先達の方々が大いなる情熱をもって築き上げたものに対しては敬いの気持ちをいただいている。それぞれが考える理想を形にしたものとして。


 何か上手くいかないことや、おかしいなと感ずることに直面したとき、「こうだったらいいのにな」と誰もが考えると思う。それは“理想”と言われるものである。多くはそこと自分の身の回りや置かれている状況・立場(いわゆる“現実”)とのギャップに呆然とする。そして多くの人はいくらか愚痴を口にしたあと、諦める。でも数は少ないながらでもギャップを埋めたいと汗を流す人はいる。その人たちが、情熱の持ち主である。介護でいえば現場の最前線に立つ実践者かもしれないし、理論や方法を形作ろうとする研究者かも、あるいは同じ道を辿ろうとする後輩たちを育てる教育者かもしれない。“熱い”人が愛されるこの業界においては、火傷しそうなほど熱い情熱を持った人が現状を打開する。しかし情熱の炎は、目に見えるものだけではなくて、心の中で小さくとも燃え続けているものもある。色んな形の情熱があって、それぞれの理想を形作っていく。だけどわずかでも燃えていなければ、決して形にはならない。理想には近づけないのである。諦めずに気持ちの入った仕事を続けることこそが唯一の近道であると、僕は信ずる。

追伸
コロナに揺れた今年の終わりが迫り、クリスマスを迎えることができることを皆さんに感謝します。
信仰を持たない僕ですが、どこかの歌手が唄っていたように、クリスマスはそれぞれの大切な人を想い、優しい気持ちになれる大好きな日です。皆さんのもとに素敵なクリスマスがありますよう。
I wish you a very MERRY X’mas !!

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