敬語とタメ語

日本語は人類が使う言語の中でも習得が難しい部類に入るらしい。それは、標記が「ひらがな」「カタカナ」「漢字」(場合によっては「ローマ字」も)と種類が多く、同音異義語も多いことがその難しさとして挙げられるが、その最たるものは「敬語」の存在である。学生時代の国語の授業を思い出せば、『尊敬語』『謙譲語』『丁寧語』なんてものが有って…などとこれまたややこしい。母国語として普段使いしている僕らでさえ難しく感じてしまうのだから、外国人の方にとっては尚更だろうと思う。

介護現場では言葉遣いについて課題とされることが多い。接遇と絡めて研修のテーマとなる場合もままあるし、心理的虐待を防止する観点から論じられることも有る。そこで焦点を当てられるのは、「(利用者に対する)指示命令的な発言」と「(利用者との)敬語を用いない会話」である。それらは原則的に避けられるべきものとされる。指示命令的発言については、支援者の意識の中で、利用者-支援者関係が対等ではなく上下にあることを潜在的に示している。「してあげている」意識がどこかにあることにより、イメージするように動いてくれない対象に対して動かそうと指示・命令することになるのである。この件に関しては今回の本論ではないのでこれ以上は割愛するが、利用者に対しては基本「依頼系の丁寧語」で関わるべきであることに異存はない。

さて、「敬語を用いない会話」について考えてみよう。これは現場によってその判断が異なる。利用者様はお客様なのだから敬語を使わないなんて有り得ない!という施設も有れば、家庭的な雰囲気を重視するので家のおじいちゃんおばあちゃんと接するような言葉を使う、というところも在る。さあ、どちらが正解だろうか。


まずは「敬語を用いない」言葉にも二通りあることをお伝えしておきたい。一つは<幼児語>、もう一つは<タメ語>である。相手を子ども扱いする言葉の使い方を<幼児語>と表現してみた。前述の“指示命令的発言”に属するものとも言えるのであるが、親が子供を諭すような物言いのことである。特に相手が認知症高齢者であった場合に用いられるケースが多いが、これは疑いの余地なくNGワードである。


<タメ語>とは、本来上下がないフランクな関係で用いられる言葉であり、双方に上下関係が存在する(先輩後輩、上司部下、年上年下)場合に使うと失礼、礼儀を知らないとされる。しかし介護現場では20代や30代のスタッフが80代90代の利用者に対してフランクな言葉遣いをしていることもある。「家庭的雰囲気」とは介護施設でよく用いられる言葉であるが、介護施設・事業所はいつからその利用者の「家庭」であり「家族」になったのであろうか。介護=「家庭」ではなく「家庭的」である。家族が看れないところを担うのが僕たちの役割・仕事であって、家族には決してなり得ない。たとえ利用者と家族の関係性にどのようなことがあろうと、である。超えてはいけないし、超えられない一線ともいえるだろう。

利用者-支援者関係を強調した場合には、対等とはいえやはり利用者に「関わらせてもらっている」部分があるので僕たち支援者は若干下である。しかし敬語の多用は両者の距離を遠ざけてしまうきらいがある。銀行や病院で「○○様~」と呼ばれたとき、何か慇懃無礼な空気を感ずることがある、あれである。介護は対人援助職の極みであり、利用者に相対するのは己の人間性そのものであるとしたら、利用者との距離感はある程度保ちながらあまり遠ざけたくはない。

ではフランクに、友達のように話せばよいのかというと、それは間違いである。利用者はほとんどの場合自分たちより年配であり、先達に対する尊敬の気持ちがタメ語では込められないからである。
中には「(利用者との)信頼関係があるから、呼び方や言葉遣い云々で関係は崩れない」と仰る方もあるのだが、誰がその関係を証明できるのであろうか。そんなに短時間で深いところまで結べる関係を僕自身は経験したことがない。

敬語もダメ、タメ語もダメ。いよいよ使う言葉が無くなってきた。
僕は、ちょっと卑怯かもしれないけれど、そのジャッジを第三者に託すという気持ちで言葉を使っている(つもりである)。つまり、他人あるいは家族が僕の発する言葉を聞いたときに不快に感ずるかどうか。ご本人がどう感じるかも勿論重要であるが、これは判断しかねる場合もあるし、いちいち「今の言葉、大丈夫ですか?」と聞くわけにもいかない。とすれば、どこか客観視する自分をつくって、自分の使う言葉をチェックさせる。自分の親が介護を受けた場合に掛けてほしい言葉。介護施設を訪れたときに耳心地の良い言葉。それらに沿っているかどうか。見えないけれどバロメーターは敬意の有無だと思う。だから相手によって使う表現もトーンも言葉の選択も当然変わってくる。
なかなか自分の言葉は聞けないけれど、現場に居る人は一度目をつぶってそこに交わされる言葉たちに耳を傾けてみるとよいかもしれない。そこに流れるのは、どんな気持ちが乗った言葉だろうか。

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