欲しがりチャットレディ・澪(1)

同級生の美子の頼みでチャットレディに登録した澪だったが、
そんなに本気で稼がねばならない訳でもないし「お付き合い」の登録だから…と、手続きから数日はそのままにしてサイトを開くこともなかった。

ライブチャットとは、パソコンやスマホを使って、見知らぬ男女が語り合うネット上の社交場である。
そこでは匿名ならではの秘密のやり取りが交わされる…
あんなことやこんなことまで…

日本中、否、世界中のあらゆる場所から、仮面を被ったオトナたちが集っている。
アダルトな話やパフォーマンスもその中には含まれているのだが、
美子に勧められて登録しただけの澪には、そんなことを知る由もない。



そんなある日の午後、買い物のついででスーパーのイートインコーナーでお茶を飲んでいたとき、
澪のスマホが鳴動してメールの到着を知らせた。
いつものように何気なくメールを開くと、
差出人はチャットの管理人だった。

【新規ご登録レディの皆様へ】
この度は当サイトへのご登録ありがとうございます。
当サイトは「健全」「安全」「充実」をモットーに運営しております。
この度、貴方様とご縁を結ばさせて頂いたこと、感謝の気持ちで心より歓迎申し上げます。

まずはご自身のプロフィールをご入力ください。
お名前はもちろん仮名やニックネームで構いません。その後の情報は可能な範囲で構わないのですが、リアルになるべく近い情報で細かく入力されますと相手方(メンバー様)の反響や反応が良いです。


メールはそんな文言だったが、最後の
「色々ご心配なこともお有りかもしれませんが、怖いことは全くありません。一度、ログインしてみてください。」
という文章で、澪の気持ちが軽くなった。

買い物客の列をぼんやり眺めながら、ぼーっと考えてみた。

あの子に勧められてチャットレディに登録はしたけれど、そんなにやる気満々な訳じゃないし、正直そんなにヒマでもない。そもそもどんなことをしているのかさえ知らないし…そうだわ、どんな世界か知ってからでも遅くはないかしら…

澪の持ち前の野次馬根性が、首をもたげてきた。
後々その興味がエスカレートして肉欲の日々に塗れてしまうことを彼女はまだ知らない。


自転車を漕いで自宅に帰ったら、子どもたちも義父母も留守であった。
テーブルの上に置き手紙がある。義父母は近所で不幸があったので出かけると。子どもたちはそういえば今日は学校から直接習い事に行く日であった。

澪に、数時間の「一人の時間」ができた。
これまではそんな機会が出来たときには軽くお昼寝をしてみたり、同じゴシップニュースが流れるテレビを眺めたりして過ごしていたが、
今日の澪は寝室に向かい、パソコンの電源を入れてみた。

OSが立ち上がって、メールを開いてみる。
そこに届いていた、チャットの運営事務局からのメール記載のURLをクリックしたら、ログイン画面になった。スマホにメモしておいたパスワードを入力すると、チャット画面に入った。

どうやら、こうして男性がアクセスしてくるのを待つらしい。

と、ゆっくりしている間もなく、一人の男性が澪の部屋に入って来たという通知が来た。

「もしもしー」
男の声だ。同じくらいの年代かしらん。相手の顔は映らないのでわからないけど。
「MIOさんってさー、新人って出てるけど、いつからなのー」
軽い感じで尋ねてくる。

「あ、こんにちは。あ、あのう、始めたばかりで…すみません」
「おー、本当にフレッシュなんだね。嬉しいなあ。もしかして俺が初めてとか?んな訳ないよね」
「いえ、あの、そのー、そうです。初めてです。よろしくお願いします」
「マジで!そっかー、じゃあさじゃあさ、アダはどうなの?どこまで?」
「アダ?」
「知らないの?マジでホントの新人さんだな。そっかー、そうだねー、あのね、ここはインターネットを使った大人のお付き合いなワケよ。だからさ、大人って言ったら、ねえ、わかるでしょ?」

澪は男の言わんとしていることがわかったようなわからないような気がした。

男は続けた。
「挨拶代わりに、MIOさん、オナニー見せてくれる?俺もするからさ。一緒に気持ちよくなろうよ」
「え…オナ…ですか。いや、私は、ちょっと…」
「何言ってんのよ。カマトトぶっちゃって。人妻でしょ。欲求不満でココに来てるんでしょ。わかってんだから。いいのいいの。直接会う訳じゃないし、不倫でも何でもない。ただのお遊び。MIOちゃんは欲求を満たして、俺はお礼としてポイントを払う。そんで俺自身も慰める。最近流行りのWIN−WINってやつよ。わかるよね?」

「ゴメンなさいっ!」
澪は思わずパソコンの電源をOFFしてしまった。
インターネットも当然接続が切れたので、かの男性との会話も終わりになった。どこの誰かは分からないから、また話すこともないと思う。
でも、画面越しとはいえ、自分の姿態を性的な視点で見られ、求められたことに澪の鼓動が激しく打った。この鼓動は久々の感覚であった。はじめて男性の胸板に身を預けたあのとき、心臓の音が相手に聞こえるんじゃないかとそんなことばかりが気になったあのときと同じくらいの速さだと澪は感じていた。

オナニーという言葉は久々に聞いた。ていうか、人声で聞いたのは初めてかもしれない。文字では読んだことはある。
自慰行為は、正直、よくしている方だと思う。誰にも言わないけれど。
夫に抱かれた後、達することができなかった自分の秘部を、夫の寝息を聞きながら慰めているとき。家族の皆が外出して留守のとき、掃除をしながらどうしようもなくムラムラしてしまうことも少なくない。

本当誰にも言えないのだけれど、実は、おもちゃも持っている澪であった。
最初はマッサージ機を股間に当ててみて悦びを感じていたが、芸能人の不倫のニュースで「持っていた大人のおもちゃが云々」という記事を女性誌で読んでから、「入れる」ことや「吸う」タイプに興味が止まらなくなって、郵便局留めで通信販売の購入をしてしまった。澪の感想としては、陰核を吸うおもちゃが、他に比べるモノがないくらい気持ちいい。

そんな澪だから、オナニーはハッキリ言って好き。だけど、自分でやる分には。人に見せようとか、見せ合いっこしようとか、そんなレベルではない、と思っている。
でもその認識が揺らぐ、あの男性からの言葉であった。

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