【創作】 公園のベンチ

君は、草を舐める時の感触は知ってるかい?

公園のベンチに座っている時、
僕がハードオフで買ったDSiで遊んでいる時、
目の前に立つおじさんは聞いてきた

草を舐める時の感触は知らないし、
はじめましての挨拶にしては突飛過ぎるし、
正直に言うと気持ち悪いしで
その質問に、僕は無言を貫いた

お腹が空いて、そのまま目の前のおじさんを素通りし
公園のベンチから近所のすき家へ向かった

まだおじさんは真後ろにいる

牛丼を食べている僕の横でなにも注文せず
席に座って、ただ、前を見ている

周りの人、このおじさん見えてる?と思った

あ、またやってしまったなあ

僕は空前絶後のイケメンだから、
今はやむを得ない理由で休学(行くのがめんどくさいから)をしているけど、凄く人に好かれる体質で、
女性に苦労をしたことはない

やってしまったな
と言うのは、
ここが凄く僕の住んでいる部屋に近いということで、
ストーカーされた経験は何度もあるからさ

そこらの綺麗とされる女性よりも
僕は性別関係なく苦労していると思うよ

参ったな、
こんなおじさんにまで好かれちまうなんて

僕は以前お付き合いしていたひまわりのような女性が、
悪い奴に騙されて麻薬密売をして薬中にされた時に
ハサミでチョキンと僕の陰部を切られた

その時のことはあまり覚えていない

同じ空に同じ雲が浮かぶ
いつもならひまわりちゃんと、
お互いにどちらが美味しいトーストを作れるか対決をしているような何気ない日だった

そんなことはぼんやりと覚えている




そこからお弁当に味が感じない

あの日から何年経っても、僕は味を感じない

さっきの牛丼も、
食べ物を噛み締める感覚はあるものの
あの肉々しいジューシーさとか、何も感じない

僕は顔の整った歩けるただの肉の塊だ

性別もどちらか分からなく、
自分の年齢さえ忘れた
今日が夏なのか秋なのか冬なのか春なのか
今日が西暦何年で、新しい年号がなにかも知らないな




そんな事を考えながら一人暮らししているマンションへ向かう帰り道

おじさんはずっと付いてきた

分かったことは、
この人は何日も多分お風呂に入っていないということ

味は感じないが、僕の鼻はよく効くんだ

髪の毛も伸びっぱなしだな

リップ塗った?とかの次元じゃなく唇が真っ黄色だ

唇を黄色にする代償に、
この人は誰か可哀想な子供を助けたのか?



ガチャり

鍵をさしドアを開ける

おじさんは後ろにいる

なんだコイツ、カオナシか?

すいません。何なんでしょうか

とでも言いたかったが、
僕は人として良くできた頭のいい、
それでいて顔もいい完璧な人間なので、
そんなこと言わなかった

僕は机の前の床でおっさん座りで座った

目の前のおっさんは、正座をしていた

おっさんなのにおっさん座りしないんだ

その唇の黄色いろは、
イエローという名の悪魔と契約でもしたの? 



…お風呂、入りますか

おじさんは驚いた顔をしていた

そのままおじさんの着ていた服をぬがせ、
僕もパンツだけの状態になって
狭いシャワー室でおじさんを洗ってあげた

ショップチャンネルの高圧洗浄機の宣伝を思い出した

汚れがよく取れること取れること





おじさんが、目から水をただ出している
まるで作業かのように涙を出して泣いていた

タオルを差し出した

これで体を拭いて、家から出て行ってください

おじさんはぽたぽたと髪と体から水を落としたまま、
ゆっ…くりと頷いた

時間にすると、10分位だと思う

言えないくらいゆっくり過ぎた



おじさんの唇は、カサカサだったけど
黄色ではない普通の唇の色に戻っていた

濡れてるからおじさん風邪ひきそう。
てかコイツ人間?

と思いながらおじさんがタオルで体を拭く様子を、
頬杖をつきながら僕は見ていた



眠たくなった頃に、
拭き終わりました
と報告を受けた

気を付け!のポーズをしていた

全裸だなあと思った

じゃあ、家から出ていってくださいと言った

服は?

凄く信じられないくらいに汚かったので捨てときましたよ



せめて、貴方の履いてあるそのパンツを貸してください

命をかけても嫌です
僕はあの日から、パンツは脱がないって決めたんだ





ありがとうひまわりちゃん
僕を大好きだった銭湯に一生行けない体にしてくれて




天才で善人の僕でも、これ以上の善行は無理です

そう言うと、
おじさんの唇が
ラメの入り交じった紫色に変わった




貴方は嘘を付きました
貴方は、草を舐める時の感触を知っている

…あ、思い出した。
僕は小学生の頃女子からモテすぎて嫌になった時、
草を舐めて変人のフリをしようとしていたんだった




僕がそのことを思い出すとおじさんは、
ゆっくりと薄くなって消えていった
時間にすると、1分くらいだった




僕は自分の履いた濡れたパンツを見たまま、
床で横になって目を瞑り、目薬をさして
またあの公園のベンチに向かった

公園のベンチに歩いて向かっていた途中に、

ふと見ると

左手の親指の指の腹に、
あのおじさんの紫色のラメの入り交じった唇の色が
柔らかいスライムのように付いていることに気がついた

それを舐めてみたけど、僕は多分
僕は多分、ずっと、僕のままだ

なんか、唐辛子みたいな味はしたけど







空気階段さん辺りに実写映像化して欲しいなあ…
なんて思いながら



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