掌編小説:覆い被さる黒い影 (ホラー)

「どうしてこうなったの……。ここは安住の地だと思っていたのに。」

 そんな私の思いなど知らず、覆い被さる黒い影は大きく口を開く。
 赤い口蓋のなか、蠢く舌。そして鋭い牙が露になる。
 振り下ろされる牙が、一気に私に突き刺さる。

 私の身にまとう物など、その鋭さに、紙屑のように破れ。

 抉りこまれた牙が、私の身体を削り取る。

 柔らかい私の身体に、なんのためらいもなく、嬉々として突き刺される牙。

 動かぬようにしっかりと押さえつけ、その真っ赤な口蓋を私の身体だったもので満杯にすると、にちゃにちゃと咀嚼を始める。

 そして、唾液混じりのそれを一瞬満足そうに嚥下すると、まだ癒えぬ飢えを私の身体へとぶつけてくる。

 繰り返される牙による渇望。
 削り続けられる私の身体。


 ガチャ。

 扉が開かれる。

 差し込む外の光。

 その光に驚いたのか、黒い影は逃げ出す。

「あ、お母さん!」

 子供の声が響く。

「冷蔵庫の中のチーズがかじられてるよ!」


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