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#師匠

見るからに怪しげな風貌と独特な威圧感で、近ずくことを一瞬ためらったが・・勇気を出して挨拶してみたら、店のオーナーは、意外にも優しそうな声の持ち主だった。

その日をキッカケに、海への行き帰りには、その店が開いているかどうかを確認するようになった。閉まっていれば、そのまま素通りして、開いていれば挨拶して少し言葉をかわしたりするようになった。

言葉をかわすって言っても・・・

『今日の波はどうですかぁ?』

『今日の波は南西からのウネリだから、どこそこのポイントがいいぞぉ』とか・・『朝イチの波は面ツルでよかったぜぇ!』とか・・その日の波情報を聞くぐらいなんだけど、そのちょっとした”ひとこと”で元気をもらったりしてたんだ。

その内、確実に波がなくて『今日は、波乗り行ってないだろうなぁ!?』っていう日を狙って、ちょくちょく店に顔を出すようになった。その店で、初めて新品のサーフボードを買ったのもちょうどその頃だった。

あらためて店内を見渡してみると、決して広くない店内には、たくさんのサーフボードやらワックス、リーシュコード、Tシャツなどがカッコよくレイアウトされ、きっと南国って、こんないい匂いがするんだろうなぁ〜!って想像できるような甘いココナッツの香りが店内に充満し、テレビ画面には、初めて目にしたカッコいいサーフムービーが流れていた。

その光景は・・なんて表現したいらいいんだろう!?今まで見たことも感じたこともなかった感覚というか!?とにかく強烈に心が震えたことを今でもハッキリと覚えている。波乗りで初めて味わった浮遊感のそれに近いものがあったかもしれない。ひとことで表現すれば、扉の外側は現実の世界(茅ヶ崎)で内側はどこかの外国のような場所。

少しづつだが、確実にその店の持つ独特な雰囲気に慣れてきていたオレだった。

その日も、オーナーは”どろろんえん魔くん”のような黒づくめのカッコで掃除機をガァーガァーかけていた。その横には、掃除機の音なんてどこ吹く風・・この店のアイドル犬が気持ちよさそうにグゥーグゥー寝てるし・・その頃には、ほぼ毎日のように店に立ち寄っていた。オーナーも無口で、あまり自分から話すタイプの人ではなかった。

そんなある日の店の前!オーナーがボードの修理をしていた。

『あれ!何やってんだろう?』オレは好奇心が湧いた。邪魔にならない距離で、その作業をジィーって見ていた。

オレの姿を確認したオーナーが作業しながら、今まで行った海外のサーフポイントの話しや、その時に乗ったベストな波の話しなんかを少しづつしてくれるようになった。

オーナーがきちんと話しをしてくれたのは、その時が初めてだったんじゃないかな!?実は、このオーナーは見かけの怪しさとは違って、サーフィンに対してとても真剣で真面目に向き合っているってことがわかった。

サーフィンというスポーツを、レジャーや娯楽として楽しみだけを追い求める手段として位置づけるのではなく、そのルーツからしっかり学んで沢山のことを吸収している人だってわかった。オレもはじめて聞くサーフィンのルーツに、ものすごく興味が湧いてきていた。

その日をキッカケにして、オレはオーナーに『波乗りが上達するために必要なことは何でしょうか?』と質問するようになった。

その度に、オーナーは、子供に教えるようにわかりやすい例えを使って一から説明してくれた。その会話の中で、よく耳にしたのが「ウォーターマン」って言葉だった。

その頃の日本では、馴染みがなかった言葉だが、ハワイやカリフォルニア、オーストラリアなどのサーフィン先進国では、ごく普通にビーチカルチャーとして認知されていた言葉だと知った。

そして、サーフィン先進国にはウォーターマンが沢山いることも知った。その頃のオレは『技術を磨けば波乗りが上手くなる!』とばかり思っていたけど・・『サーフィンが上手いことと、スタイルがあることとは違うんだ!』ということもオーナーから学んだ。

オーナーは、オレよりも5歳年上。当時、主流だったショートボードで波をバシバシ切っていくサーフィン・スタイルではなく、しっかりとレールを入れて、ギュイーンとターンしてボトムに深いトラックを刻むサーフィンをする、カッコいいサーファーだったのだ。

そんなオーナーのカッコいいサーフィン・スタイルのルーツが若い頃から通っている、ハワイをはじめとした海外へのサーフィン修行だったと聞いた。

『そうかぁ!そういうことだったんだ!!』このオーナーが持つ独特な雰囲気のルーツが何か!?わかったような気がした瞬間だった。

聞けば今も変わらず・・毎年、冬と秋には海外へのサーフトリップでサーフィン修行をしていると言っていた。

『海外の波ってどんな波ですか?』『やっぱり波デカイですか?』オレの好奇心は大きくなるばかりだった。

オーナー曰く『機会があったら、どんどん海外の波に乗ってみるといい。日本での波乗りとまったく違うから!』しばらくは、オーナーの言葉が頭から離れなかった。

この頃には、波乗りを始めてすでに4年という月日が流れていた。


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