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台湾 サーフトリップ  前編 DAY1

今回は、南台湾・墾丁(ケイティン)でのサーフトリップを回想していきます。
墾丁(ケイティン)は南台湾のリゾート地なので、多くの観光客(ツーリスト)が訪れる場所でもあるんですね。屋台が多く、昼も夜も絶えず賑わっている場所で、一日三食を屋台で済ませた方が自炊よりも値段が安いそうで、ツーリストだけではなく地元住民の方々も頻繁に屋台を利用するそうです。そんな賑わいのある町、墾丁(ケイティン)が今回の波乗りの拠点となります。

時は・・2004.10.28(Thu)~11.1(Mon)
5日間の内、前後の1日づつは移動日に当たるので、実際に波乗りできたのは正味3日間ということになります。

台湾でサーフィン!? 意外に思うかもしれませんが・・・
台湾の南側が太平洋に面している島国ということを考慮したらサーフポイントがあることもうなづけますね。高雄(カオシュン)から墾丁(ケイティン)そして台東にかけては豊富な海岸線が広がっています。その中でも特に墾丁(ケイティン)周辺にサーフィンに適した波がよく立つようです。その上、北回帰線の下側にあたる墾丁(ケイティン)は熱帯気候になるので比較的温暖で、過ごしやすいのが特徴です。湿度はかなり高いですが!
距離的にも日本からは一番近い南国になるんですね。

この記事を書く為に、改めて昨今の台湾事情を調べてみて色々と驚くことがありました。2004年当時は、台湾北部の台北(タイペイ)から南部の高雄(カオシュン)への移動は国内線の飛行機でした。

それが、今では新幹線や鉄道で短時間で南北を移動できる時代になっているではないですか!? さらに・・日本から高雄(カオシュン)までの飛行機での直行便も運行しているとは・・まさに至れり尽くせりです。
国内線を乗り継いで移動に丸々1日をかけていた当時(2004年)とは雲泥の差です。

2004年から現代(2023年)までの間に台湾で一体!? 何が起こったんだろう!? 気になりますね!

どうやら、2007年に開通した南北を結ぶ新幹線の運行から、台湾の交通インフラは大きく変わっていったように思います。

余談ではありますが・・この新幹線というのが日本の新幹線700系(東海道・山陽)がベースになっていて、新幹線海外第一号ということになるそうです。
新幹線に興味が無くても、日本の技術の結晶が海外で販路を獲得するための色々な苦労を知ってしまうと日本人としては感激します。
”南の島の新幹線/鉄道エンジニアの台湾技術協力奮戦記”という本に詳細が書かれています。

まったく波乗りと関係のない話になってしまいましたが、すべてはどこかで繋がっているんですね。そのことをまた一つ知ることになりました。
”台湾の波に乗りたい!”という軽い気持ちで出かけた南の島国でも、意識を海から離して、台湾国内をぐるりと見渡してみると日本との間に色々な大人の事情が絡んでいたようですね。

当時はそのような国内事情など、どこ吹く風で貪欲に波を求めて彷徨(さまよ)い続けていたバカ者(若者)サーファーでした。

今回の台湾トリップには、オレの他にハマーとグーフィーも一緒に渡航しました。この3人で海外サーフトリップ するのはバリ島以来です。
宿から波乗りポイントへの移動やサーフポイントなどのガイドも現地のサーファーガイドがケアしてくれてオレたち3人は貪欲にただただサーフィンするだけでした。

Day1 日本を出発。台北を経由して高雄に到着。送迎車で宿へ
Day2~Day4 終始波乗り
Day5 移動・帰国

ザックリとこんな感じでした。
波の質は全体にメローで小ぶりでしたが、形の良いセットの波をキャッチするとカットバックをしながらインサイドまでしっかりと乗っていけるようなツーリストにとってもフレンドリーな波でした。

そんな感じで五日間の台湾サーフトリップを振り返っていきたいと思います。

昼の12時ごろに成田空港を出発して15時ごろに台北(台湾桃園国際空港)に到着しました。トランジットの為に数時間は空港内でぶらぶらすることになったのでが・・台北(タイペイ)は亜熱帯気候な上に湿度が70%もあるそうで・・到着早々、背中にはじっとりと汗が滲(にじ)んできていた。
国内線に乗り換えて60分ほどで高雄国際空港に到着。すでにお迎えの車が到着してドライバーさんがオレたちの名前を書いたプラカードを持って待ってくれていた。お迎えの車の車種がまた渋い!フォルクスワーゲンのバナゴンだった。水冷に変わった水平対向エンジンを後ろに積んだ、ファルクスワーゲンの第四世代に当たる車なのだね。

”こんな渋い車で送迎なんて洒落てんじゃん!”

そんなオレのバナゴンに向ける羨望(せんぼう)の眼差しなどお構いなしに手際よくサーフボードケースを3人分とその他の荷物をカーゴスペースへと積んでいくドライバーさん。どうやらカタコトの英語も話さないようなので、移動中の車内には会話らしい会話はなく年季の入った水平対向エンジンのエンジン音だけが鳴り響いていた。
高雄(カオシュン)から墾丁(ケイティン)までは110km程の距離がある。薄暗い夕方の道を相当かっ飛ばしていたようだけど・・2時間はたっぷりとかかった。
夕方に高雄(カオシュン)を出発して墾丁(ケイティン)に到着した時は、陽もとっぷりと暮れていた。

初めて目にする墾丁(ケイティン)の町並みはとっても眩(まぶ)しかった。
まるで祭りの縁日がズラッと並んでいるような、オレンジ色のほのかな灯りがノスタルジーに包まれた良い雰囲気だった。その数に圧倒された!
そして、そこかしこに充満している龍角散(りゅうかくさん)のような匂いに鼻がやられた。
この龍角散のような匂いの正体は”八角(はっかく)”という香辛料らしい。
屋台で売られているほとんどの食べ物に入っているそうだ。言ってみれば台湾の人々の”元気の源(みなもと)”ということだね。

お世話になる宿は、この界隈の真ん中ぐらいにあった。
乗ってきた時と同じくドライバーさんは黙々とオレたち3人分の荷物を宿へと運び入れてサッと帰っていった。オレたちは”ありがとう”と一言いうのが精一杯だった。

宿のオーナーは見た目にはオレたちと同じ年ぐらいに見えた。アランと名乗っていた。アランは中国語の他に英語とカタコトの日本語も話せるので、コミュニケーションに不安は無さそうだ。

『晩ごはんは屋台で済ませてきて!』アランにそう言われ、オレたちはチェックインするとすぐに夜の墾丁(ケイティン)の灯りを求めて彷徨(さまよ)い始めた。
その日の夜の墾丁(ケイティン)はツーリストで賑わっていた。オレたちもそのツーリストなのだが・・・

ここ墾丁(ケイティン)も湿度は高くて蒸し蒸しだった。こんな時は、やっぱビールだね!汗とホコリにまみれた1日の疲れを癒すにはこれ!
台湾のラガービール金牌と爽快で口当たりの良いゴールドというビールでまずは旅の無事を祝して”かんぱぁ〜い”

明日からは、小ぶりながらも波はありそうだからとアランに言われていたので、アルコールもそこそこに、腹一杯食べてほろ酔いで宿に帰って寝た。
やっぱり食べた全てのものに八角がたっぷりと入っていたのだった。


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