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限界なんて誰にも決められるものじゃない

先日、YouTubeでlittle glee monsterさんの「足跡」を聴きました。

私はあまり音楽に詳しくなく、オススメに出てきた動画をたまたま再生しただけだったのですが、力強くて優しい歌声が心の芯まで響いて、1度聴いただけですっかりファンになってしまいました。

特に印象に残ったのが2番サビのこのフレーズです。

見上げた空に昇る朝日を浴びて
いつもの道で助走をつける 
限界なんて誰にも決められるものじゃない 
歩んだ道の先で傷だらけになったって 
いつかは誰かの痛み癒せる証となる 
僕のことを待つ人がいる ここにもこの先にも
ーlittle glee monster「足跡」よりー


「限界なんて誰にも決められるものじゃない」
この言葉が、心にズドーンとどストレートに刺さり、じんわりと広がって今でも残っています。

もしかしたら作詞された方の意図とは異なるかもしれないけれど、私にはこの言葉が、
「続けることも辞めることも自由なんだよ」

と言っているように聴こえました。

どこまで頑張ればいいのか、どこまで頑張れるのか。
限界なんて自分でもよく分からないし、まして他人に決められるものでは絶対にない。

だから、誰に何と言われても、歌詞を借りるなら「誰かに指をさされ」ても、納得がいくまで続ければいい。
逆に、本当に辛いと感じているのなら、どんなに周りが平気そうに見えても辞めていい。「無理だ」って言っていい。そこで立ち止まっても、別の道を選択しても、それは負けなんかでは絶対になく、続けることと同じ価値がある選択なんだと思います。

そして、同じ道をひたすら歩み続けても別の道を選択しても、きっと失敗することはあるのでしょう。
それでもこの歌は、そこで負った傷が「いつかは誰かの痛み癒せる証となる」と言ってくれています。

人生のどんな失敗も苦しみも、再起不能な傷でさえなければ絶対に無駄にはならない。
だから、他の誰かを基準にして限界を決めることはしなくていい。

本来の意図からズレているかもしれませんが、わたしにはそう聞こえました。

辞めてもいい。休んでもいい。

何が楽しくて何が辛いと感じるか、
何が得意で何が苦手なのか、
同じ物事にどれぐらい心が動くのか、、、
何もかも人それぞれなのだから、周りなんて気にせずにいつまで続けてもいいしいつ辞めても休んでもいいんだ。だって自分の人生だから。

この曲を聴いて以来、ずっとそんなことを考えています。

受験や就活のような嫌でも人と比べられる場面では、辞めたり休んだりすることに後ろめたさを感じる人が多いのではないかと思います。

周りが平気そうに頑張っていると「自分ももっと頑張らなきゃ」「できないのは自分だけ」と自分を責めてしまうけれど、
どこまで頑張るか、いつ休むか、どう方向転換するかしないかは自分だけが決めるものだと思うのです。

周りと比べて「自分だけ」なんて思わなくていい、辞めても休んでもそれも人生の大切な選択なんだ。
と、まだまだ未熟者ですが一丁前にそう思っております。


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