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F*** you very very much 【ショートショート】

机の上に無防備に置かれた携帯は、LINE画面が開いたままになっていた。
マコトは普段、彼女の携帯を見るような男ではない。その時は偶然、浮気相手の男から「アルバム今度聴いてみますね」というメッセージが届いたのだ。嫌な予感がしてマコトは思わずLINEを開いた。
LINEでは、彼女が浮気相手に無名のアーティストを薦めていた。それは随分前にマコトが彼女に勧めたものだ。
黒だ、と直感した。

もしも彼女と浮気相手のやりとりがもっと直接的で、「会いたい」とか「愛してる」とか、そういう恥ずかしい言葉の応酬であったなら、マコトは彼女の浮気を許せていたかもしれない。
しかし彼女と男のやりとりはもっと知的で充実していた。マコトが薦めた音楽や映画、そして本を、彼女は自ら見つけてきたかのように紹介して、会話を盛上げていた。それはマコトにとって吐き気を覚えるほどの嫌悪感を抱かせた。問い詰めたら彼女はあっさり浮気を認めた。

家でひとり、マコトは容赦なく酒を飲んだ。
いっそのこと寝ている現場を目撃してしまった方が楽だったかもしれない。自分の好きなもの、彼女に勧めたものを、浮気相手に共有されていたという事実がマコトにとってはダメだった。それは激しい嫌悪となり、 澱のようにマコトの身体を浸食した。

一人では立ち上がれないと諦めたマコトは、大学時代からの友人・岡本に連絡した。岡本もちょうど彼女にフラれたらしく、彼女と行く予定だったディズニーシーに一緒に行かないかと誘ってきた。
マコトは気乗りしなかったが、「お前が来ないなら一人でも行く」と岡本は言い出し、仕方なく付き合うことにした。

ディズニーシーに到着すると、二人はタワーオブテラー近くの適当な店に入り、カクテルを浴びるように飲んだ。こんな時間から夢の国で、男二人で酒を飲んでいる光景は随分と異様だった。

「岡本はどうしてフラれたんだよ」
「大した理由じゃないぞ。彼女がバイトでお金貯めて海外に留学するって言うから、そんな無駄な事は辞めて、英会話スクールに通いながら正社員として働いた方がいいとアドバイスしただけ」
「……お前に彼女が途切れないのが不思議だよ」

マコトがそう言うと、岡本はひひひっと楽しそうに笑った。常にド正論をぶつける岡本はしょっちゅう付き合ってはフラれているが、何故かよくモテた。

お昼前にはべろんべろんになった二人は、船上で開催されるミッキーと仲間たちのショーを見た。
ミッキーに手を振ってもらい、マコトは号泣した。多分ミッキーの優しさのようなものに触れたんだろう。むせび泣くマコトを見て、近くにいた修学旅行生たちが距離を置いた。

そのまま二人はタートルトークに参加した。
子供たちを差し置いて「はいはいはいはい!」と大声で喚き散らした岡本は、無事ウミガメのクラッシュに指名された。

「よーし、そこの元気のいいお前だあ~」
「岡本です!」
「岡本~。質問はなんだ~?」
「ここにいる友人が、最近彼女に浮気されました!」
「そうかあ~、それは辛かったなあ~」

クラッシュは海の中を泳ぎながら、岡本の話にやさしく合相槌を打つ。

「こいつに励ましの言葉をもらえませんか」
「ん~~そうだなあ~~」
「……」

マコトはただただ恥ずかしく、下を向いていた。するとクラッシュが「マコトぉ~」と優しく呼び掛けた。

「……はい」
「マコトぉ~、悩みを教えてくれて、ありがとなあ」
「はあ」
「いいかあ~マコトぉ。愛っていうのはなあ、この海と同じなんだ。すごーく広くて、そして深いんだ。だから時々、自分の手に負えないこともた~くさん起こる。でもな、マコトは彼女を全力で愛したんだろお~?」
「……ええ、まあ」
「それならいいじゃね~かあ。全力で誰かを愛せた奴は、いつかちゃんとまた、誰かに愛してもらえるんだ~」
「クラッシュ……」
「次に進もうな、マコトぉ~」
「はい……!」
「オウケイ!それじゃあいくぞ。みんな~最高だぜ~!」

わお~~!と客達が手を挙げる中、マコトはここでもまた号泣した。
ディズニーはやっぱり凄い。子供だけじゃなく、大人にもちゃんと魔法をかけてくれる。マコトは涙でクラッシュがよく見えなかった。岡本はそんなマコトを見て、横でゲラゲラ笑っていた。

適当な店に入り、二人は再び酒を飲んだ。もうすぐ前の通りでショーが始まる。随分と良い席を取ったものだと、マコトは上機嫌だった。
突然マコトの携帯が震えて、彼女からLINEが届いた。

『最後にもう一度会えないかな』

パーク内の音楽が遠のき、マコトは嫌な汗をかいた。心臓の鼓動は速くなり、ドクドクと音が聞こえてくるようだった。どうする?ヨリを戻す?本当は戻したい?まだ好きなんだろう?マコトは自問自答する。
あんな事があっても、まだ彼女の事は好きだった。

「おいマコト、始まったぞ」
「……」

その時、パレード開始の音楽が鳴り響いた。
ディズニーキャラクターたちが、手を振りながら登場して、ダンスを踊る。

マコトは携帯を地面に叩き付けて、「ふぁっくゆー!」と叫んだ。
岡本が驚いた表情で、マコトの方を振り返る。投げつけられた携帯は画面がバキバキに割れていた。マコトはそれを拾うと、再び画面にむかって「ふぁっくゆー!」と叫んだ。
そしてふうと深呼吸をすると、『どうぞお幸せに』とメッセージを打ちこみ、彼女に送った。そして既読がつく前に彼女をブロックし、友達一覧から削除した。

マコトの目の前を、ミッキーが手を振りながら通り過ぎて行く。

マコトは両手を大きく振り上げて、「最高だぜ~」と弱々しく笑ってみせた。隣で「わお~!」と言う岡本の声が聞こえた。