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親友の彼氏が、嫌いだ 【ショートショート】

幼馴染の桃ちゃんに彼氏が出来た。桃ちゃんは人よりワンテンポ動きが遅くて、全く怒らなくて、人に気を使いすぎるところのある優しい女の子だった。そんな彼女に大事な人が出来たのだと、私は飛びあがるほど喜んだ。

早瀬という名の彼氏は、桃ちゃんが通う大学サークルの部長だ。
桃ちゃんいわく、少し変わり者で、頭が良くて、人がたくさん集まってくる人なのだと言う。早瀬さんに是非会って欲しいと言われ、私は快く承諾した。

同志社今出川キャンパスにあるカフェで、私たち3人は会うことにした。事前に桃ちゃんから早瀬さんの好きなものを聞いていた私は、共通の話題をいくつか頭に思い浮かべながら店へ向かった。

「ともよ~、こっちこっち」
「桃ちゃーん!」

桃ちゃんの隣には、見たこともないブランドの服を着た早瀬さんが座っていた。そういえば服にこだわりがある人だと桃ちゃんから聞いていた。

「初めまして。桃ちゃんに彼氏が出来たって聞いて、今日凄く楽しみにしてて……」

テンション高めに席についた私に対して、早瀬さんは「あー、はいはい」と軽く相槌を打った。その時に私は、ん?と引っかかるものがあった。

「ともよは保育園からの付き合いで、一番の親友なんよ」
「そうなんだ。ども」
「どうも……」
「ともよ、コーヒー買ってくるからここで待ってて!奢るから」
「あ…うん。ありがとう」

二人きりになった私と早瀬さん。私は気まずい空気を振り払い、用意していた話題を投げかける。

「BUMP、お好きなんですよね」
「え? まあはい」
「私も好きなんです。BUMPが出てるフェスとか、あとワンマンライブも何回か行きました。歌詞が好きで……。早瀬さんは好きなアルバムとかありますか?」
「てかさ」
「はい?」
「ファンだったらライブ行くのが普通なの?俺は行ったことないけどさ。そもそも君の好きと僕の好きは性質が違うでしょ。安易に同意を求めないで欲しい。そういうの、ウザイよ」

私の中で引っかかっていたものが、外れた瞬間だった。
私嫌いだ、この人。

桃ちゃんが、珈琲と袋に入ったクッキーを持って戻って来た。

「美味しそうやったから買っちゃった。三人で食べよ」
「わー!食べる食べる!」

明るく振るまい、私はクッキーをほおばった。とにかく、桃ちゃんに不快な気持ちを与えない事だけに集中した。今だけは早瀬さんと友好的に付き合わなくては。せっかく桃ちゃんが時間を作ってくれたのだ。

「……」

しかし話題が浮かばなかった。
共通の話題はタブーだと今の会話で分かったし、「相手のどこが好きですか?」なんて聞こうものなら、不穏な空気にして、桃ちゃんを傷つけそうだった。それだけは嫌だ。

「今度、二人で旅行いこうって話してて」
「あ、そうなん?どこ行くん?」
「早瀬さんが伊根町に行きたいって」
「ああ!丹後半島の。京都に住んでんのに行ったことないなあ」
「私も調べてみたんやけどね、海沿いの小さい町で、自然も多くて凄く気持ち良さそうで……」
「あのさ」

私と桃ちゃんの会話を、早瀬さんが唐突にぶった切る。

「自然自然てさ、本当の自然見たことあるの?俺たちが目にする自然っていうのは全て人工物で大体人の手が加わってんの。分かってる?あんまり何も考えずに喋んない方がいいよ」
「そうやね。ごめん、早瀬さん」
「……」

それ以来、なんとなく桃ちゃんとは疎遠になってしまった。桃ちゃんと会おうとするとあの人がいるのかと思うと、嫌な気持ちになったのだ。私は調子よく合わせられるほど大人ではなく、まだまだ子供だった。
それに、「この人はやめた方がいい」と言えるほど、私は自分の人を見る目に自信はなかったし、何より当事者以外が二人の関係に口を出すべきではないと思っていたのだ。

たまにFacebookで友達かも?と表示され、早瀬さんのページを見ることもあった。人が集まるというのは本当らしく、彼は色んな人にタグ付けされ、そこには見たこともない笑顔の早瀬さんがいた。不思議と桃ちゃんとの写真は一枚もなかった。

その中に、やたらタグ付けをしている女がいた。大学構内、カフェ、夜のファミレス、あちこちで早瀬さんが写っている。その子は桃ちゃんとは正反対の、写真からも自信が滲み出るような女性だった。何となく嫌な感じがして女のページに飛ぶと、普通に彼氏はいるようだった。バカバカしくなって私はFacebookを閉じた。

桃ちゃんから会おうと連絡があったのは、それから半年後のことだった。
京都水族館に来た私たちは、館内のソファーに並んで座り、ぼんやりと巨大な水槽を眺めていた。

「振られちゃった」
「そっか」
「新しい彼女さん、太陽みたいに明るくてさ。こりゃ叶わないなって」
「……」

水槽には、大量の小魚が同じ方向に向かって泳いでいた。
絵本のスイミーみたい、と思った。

「スイミーってさ、一匹だけ黒いやんか」
「え?」

突然スイミーの話を始めた私に、桃ちゃんはきょとんとした。

「一匹だけ浮いてるけど、でもスイミーは賢いから、世界を知って、その度に学習して、前へ進んでいくんよ」
「そんな話やっけ」
「……いつまでも、そこにじっとしているわけにはいかないよ。なんとか考えなくっちゃ」
「え?」
「スイミーの台詞。今思い出した」
「……あはは、何急に」

桃ちゃんは、ようやくいつもの笑顔になった。
そして、再び水槽へ視線を戻した。

「ありがとね。ともよ」
「私、早瀬さん嫌いやったな」
「うん、知ってたよ」

私たちはぼんやりと同じ方向を向いて、水槽の中を自由に泳ぐ小魚を眺めていた。