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ポンデベッキオnote:人生

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人生や社会、世代や地域に関する記事のまとめです。
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2023年2月の記事一覧

運動部と権力の縦移動

筆者は自身の経験から運動部に入ることのメリットをツイッターで何度も発信してきた。運動部に入ることで得られるメリットはとても多い。 最もわかりやすい部分で言えば体力や身体能力、運動神経を大きく向上させられる点だ。 歳を重ねてからも体力や身体能力、運動神経を伸ばしていくことはもちろん可能であるが、その人が持つキャパシティの上限を大きく伸ばせるのは10代から20代前半までである。アラサーアラフォーになり運動を行ったときに、若い頃何かのスポーツに打ち込んでいた人と帰宅部だった人と

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実は凄いゆとり世代

バブル崩壊の炎で焼き払われたロスジェネ世代と、IT革命とスマートフォン、SNSの普及で完全に新人類として独自の価値観を構築するZ世代、何かとアクの強い両世代に挟まれてひっそりと存在する世代がある。それが”ゆとり世代”である。 ゆとり世代の名前の由来となったのが、文部科学省が当時打ち出した”ゆとり教育”という教育方針によるものである。ゆとり教育とは『生きる力をスローガンにして学校週5日制の完全実施、算数・数学を中心にした授業時間数や授業内容の大幅削減、総合的な学習の時間の導入

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真実の愛とおひとり様の終幕

衝撃のニュースがツイッターを駆け巡った。日本のみならず韓国や中国でも多くの支持者を抱え、おひとり様として心穏やかに生きる術についての書籍を出していた日本フェミニズム界の女帝というべき女性が既婚者だったというのだ。 正確にはすでに夫である男性は他界しているため今はおひとり様とのことであるが、独りでも幸福に生きる方法について熱弁を振るい、多くの未婚女性から希望を与えてくれる存在として尊敬を集めていたフェミニズム運動家の思わぬゴシップに界隈は騒然としている。 たしかに彼女の書籍

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集団自決なんかする前に

日本の社会保障費制度はもはや風前の灯火である。今の質を維持するには銭も人手も足りない。 コロナ禍により少子化は加速、出生数は80万人を切り右肩下がりを続けている。増え続ける高齢者を介護する人手がもはや日本には残されていない。食い詰めたロスジェネ世代やゆとり世代を随時介護事業へ送り込んではいるものの、彼らもあと十数年もすれば高齢者の仲間入りである。60台が80台を介護する老々介護もそろそろ限界だ。 銭の面ではサラリーマンから天引きする社会保障費をモリモリ引き上げることで何と

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おっさんの涙と男らしさ

おっさんの人生は、辛い。 ツイッターに突然フレンチクルーラーの文字が躍った。その理由は日本で最も有名なお笑い芸人のスキャンダル記事が発端だ。 妻子がいる身でありながら20代女性とパパ活をして、その一部始終をパパ活女子が週刊誌に売った、というよくある芸能人の不倫女遊び騒動であるが、公開されたその内容がテレビで見せる狂犬のようなキャラクターからは想像できないような気づかいや優しげのある姿であったために、スキャンダルが明るみに出たにもかかわらずおっさん芸人の好感度が男性を中心に

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抜け目のないZ世代男子の落とし穴

Z世代の若者はロスジェネ世代の筆者から見ると有能だと感じることが多い。何かをやる前に必ずネットで評判や人気を確認し、SNSで炎上しないように立ち回り、就職もブラック業界は出来るだけ避け、入社後には積立NISAやiDecoで資産形成をしふるさと納税もきっちりだ。未だに定期預金しかしていないロスジェネジジイとは違う。 Z世代は本当に抜け目がない。彼らは物心つくころからオープンワールドとなった世界を生きており、スマートフォンやタブレット、PCという端末を使い今何が人気なのか、何を

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コロナ禍が若者から奪ったもの

ツイッターを眺めているとコロナ禍の3年間を高校生として過ごしてきた男子からのメッセージが目に入った。 その内容としては、『マラソン大会などの運動系イベントも中止となったおかげで運動が苦手な自分は恥をかかなくて済んでホッとした』というコロナ禍の運動イベント自粛を肯定的に捉えている意見であった。 コロナ禍の自粛は一見すると学校行事や運動イベントが苦手な陰キャが得をして、それらを楽しめる陽キャが損をしたように見えるかもしれない。しかし、実はそれは大きな誤りである。なぜならイベン

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昭和JRPGと令和オープンワールド

日本の民衆は昭和の古臭いルールブックを平成の30年間をかけて焚書した。そして時は令和となり、日本にも欧米のような個人が自由意思の元で、たくさんの選択肢の中から自分の生き方を選ぶことができるリベラル社会が到来した。 しかし何故か喜ばしいはずのこの時代の変化に対して苦しんでいる人が多くみられる。なぜか? 情報を取捨選択し、これだというもの見つけて自分で責任持って決める、という”決断コスト”を支払える能力が生きるために新たに必須となったからである。決断コストを支払えない人間にと

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