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世界一の侍たちへ

「侍ジャパンがWBCで優勝した。」


たった一言で言えばそうなんだけれども、
侍ジャパンに何一つ関係のない私でも、
この優勝はとても嬉しかったし、それ以上にぐっとくるものがあった。



5年前、当時学生だった私は、
始発で一限に通うために、
朝5時おきの生活を送っていた。

そんな早朝にテレビをつけると、
やっていたのは海の向こうのエンゼルスの試合だった。

野球は元々見ないわけではなかったが、
そんなに熱心に見ている感じでもなかった私だが、早朝に見るものもないため、試合がある日は決まってエンゼルスの試合を見るようになった。そして、試合の途中から最後までを通学時間で見るのが日課になった。



4月のあたま、大谷翔平選手が3試合連続ホームランを打った。

そのとき、私は大谷翔平選手を好きになった。



二刀流という誰も成し得たことのない挑戦を、
たった1人海を渡って、アメリカで挑んでいる当時23歳の彼が、全米を驚かしている。
そんな光景が私はとても好きだった。


そして、私が何より惹かれたのは、
大谷翔平選手自身がとにかく野球が好きだという気持ちを感じさせてくれるプレーをしてくれるところだった。


お金とか、富とか、名声とかではない。
とにかく野球が好きだ。と伝わってくるプレーをする大谷翔平選手が私の励みになった。


大谷翔平選手を好きになってから、
初めてnumberを買った。
スポーツ誌を買う自分にも当時驚いたものだった。

大谷翔平選手を好きになってから、
初めて日米野球のチケットを買った。
残念ながら大谷翔平選手は怪我で出場しなかったが、普段メジャーで活躍している選手を見て当時驚いたものだった。


そして、コロナ禍を経て。


私はWBCの🇯🇵vs🇨🇿戦を見るために東京ドームに行った。大好きな、そして、私に勇気をくれた大谷翔平選手を見るために。




初めて大谷翔平選手を見た3月11日。
あの日のことは、多分一生忘れないと思う。


ドームに入場したら打撃練習を始める大谷翔平選手がいた。

1人だけ異次元の音と、異次元の飛距離。
簡単に柵越え、簡単に看板直撃。

何回かプロ野球を見に行ったことがあるが、こんな選手は初めてだった。
とにかくすごいと思った。

そして、練習後真っ先に1番遠くの球拾いに行ったのが大谷翔平選手だった。

いや、もう、なんなんだろう。
彼はどこまですごいんだろう。

そんなふうに思った記憶がある。


試合中もとにかくすごくて、
とにかくかっこよかった。

人は簡単に"別次元""別格"なんて言葉を使うけど、彼ほどにその言葉に値する抜き出た才能を見たことはない気がする。

そう思うほどに、生で見た大谷翔平選手は私の胸に刻まれた。

そして、私はこの目で、
5年前のあの日私が好きになった、どこまでも野球が大好きな大谷翔平選手は、あの日見たままこの地球に存在することを確認したのだった。



無事、一次ラウンドを突破し、
準々決勝のイタリア戦も勝利し、
侍ジャパンは決戦の地マイアミへと旅立った。

そして、運命のメキシコ戦。

9回裏ノーアウトでツーベースを打った大谷翔平選手のことを、私は一生忘れないと思う。


一点差を追いかけるあの状況で、
なかなか流れも日本とは言えない状況で、
気迫のこもった激走、2塁でみんなを鼓舞するアクション。

これだけ全てのものを持っている人でも
たった1つの勝利に全てを賭けているんだなと思ったし、

あの状況で日本の逆転サヨナラを信じていたのは、誰よりも大谷翔平選手だったような気がした。


そして、それに続いた吉田正尚選手、村上宗隆選手、周東佑京選手。


村神様が打って、周東選手が激走して、
三塁側に30人のコーチャーが見えた時、
一瞬何が起こったのか分からなくて、
でも、気づいたら周東選手が帰ってきていて、
日本が逆転サヨナラを決めていた。


歴史に残る、
最後まで諦めなかった
日本の逆転サヨナラ勝ちだった。




そして迎えた決勝。
日本vsアメリカ。

日の丸を背負った大谷翔平選手
星条旗を背負ったトラウト選手
2人が入場してきた時、
"この試合は歴史に残る戦いになる。"
そんな予感がした。

試合は進み、2-3で日本がリード。

9回表、大谷翔平選手がクローザーとしてマウンドに上がった。


「泥だらけのクローザー」なんて言葉も生まれたが、その姿は誰がなんと言おうと、世界で1番かっこいい背中だったと思う。


連戦に、日本からアメリカへの大移動。
二刀流出場2回、全試合先発。

最初のバッターが四球になってしまったとき、
そりゃあ疲れてるよね、なんてちょっと思ってしまった自分がいたが、そんなことはなかった。
やはり大谷翔平選手は想像を軽々超えてくる。

次のバッターがゲッツーに倒れ、
残りはアウトひとつ。

そこで登場したのがトラウト選手だった。


スポーツは様々な運命と奇跡を生む。

だけど、これほどまでに運命のいたずらだと思ったこともない出来事が、目の前で、この舞台で、起ころうとしていた。


"運命のいたずら"
そんな対決は、まるで漫画のような結末を迎えた。

フルカウントからの空振り三振。

その瞬間、大きく吠えて、
グローブとキャップを投げる大谷翔平選手。

そこに駆け寄る侍ジャパンの選手。


ああ、見たかった景色はこれだ。
14年前、侍ジャパンが世界一をとった時の、
あのときの、この光景だ。

そんなふうに思った。


それと同時に、なんとも言えない多幸感と、充実感と、侍ジャパンへの尊敬と。
たくさんの感情でぐちゃぐちゃになった。





侍ジャパンは世界一となってから1週間経ち、
それぞれのチームで開幕戦を迎えようとしている。

終わってしまった悲しみと、
世界一をとった嬉しさと、
これからそれぞれのチームを見る楽しさと。
いろんな感情が渦巻いているが、

間違いなく言えることは、
史上最高の侍ジャパンが見させてくれた夢は、
これからもずっと忘れないということだ。



もちろん、私は大谷翔平選手のファンだ。

でも、野球は1人ではできない。

最高のチームがあって、初めて世界一になれる。


準決勝や決勝を見て、そんなことを思った。


この気持ちや、あの光景は、
きっと何年経っても忘れないし、
忘れたくても忘れられないだろうなと思うほどに、今も鮮明に覚えている。

そんな夢を見せてくれた侍たちに、
心からの賛辞を送りたいと思う。



世界一の侍たちへ

最強で、最高な夢をありがとう。


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