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【創作小説】猫に飼われたヒト 第43回 めおと

秋晴れが心地よい日。事件は起きた。

「先生〜っ!」

アドはノックもなしにレックスの研究室に飛び込んだ。

本棚の整理をしていたレックスはびっくりしてアドの方を振り向いた。

「ど、どうしたんだい。そんなに慌てて」

「先生、わたしフォンスと喧嘩しちゃったんですぅー」

「そんなのいつもの事では…」

「わたし、とんでもないこと言っちゃった…」

そして涙ぐむアド。レックスも只事ではないと察したのか、アドに向き直って彼女を椅子に座らせた。

「何があったんだい」

「それが…」

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遡る事1時間前…

アドとフォンス、友人のマリナはゼミ室でレポートを書いていた。

「…おわんないよぉ〜助けてマリナー、フォンスー」

アドが泣き言を言うも、2人は知らんふりで自分のパソコンに向き合っていた。

「…ねえねえ、フォンス。フォンスはなんて書いてんの?」

「…ああ、もう。無理やり覗き込むなよ、画面が見えないだろ」

フォンスがアドの頭を押し返す。

「いいじゃん、ケチ〜」

アドはそれでもなおフォンスの画面にかじりつく。
すると、それを見ていたマリナがぷっ、と笑った。

「え?どうしたの、マリナ」

くくく…と笑うマリナ。

「いや、ほんとあんたたち、いつ見ても夫婦漫才してるみたいだなあって」

アドがきょとんとする。

「めおと?どういう字書くの?」

「漢字で"夫婦"って書いて"めおと"って読むんだよ」

「ふっ、夫婦?!フォンスとわたしが!?」

「うん」

マリナはにやにやとしていた。フォンスは構わずレポートの続きをしている。

アドは顔を真っ赤にした。

「なっ…バカなこと言わないでよ!!」

アドが大声で椅子から立ち上がった。
その様子に驚く他の2人。

「わたしとフォンスが夫婦なんてあり得ない!わたしそんな気なんて全然無いのに!こっ、こんなやなやつと夫婦なんて、そんなこと考えたくもないよ!」

3人の間に沈黙が流れる。

「ご、ごめんてアド。私冗談で…」

アドはムキになって続けた。

「冗談にしても笑えないよ!わたしら先生のことが好きなのに!」

すると、フォンスがパソコンの画面を閉じて席を立った。カバンを背負い、席から離れる。

アドが呼び止めた。

「…フォンスどこ行くの?」

フォンスは振り返らない。

「…別にどこだっていいだろ。嫌なやつはさっさと消えますよ」

「…!フォンス、ご、ごめ…」

アドが言い終わる前にフォンスは去ってしまった。

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「…ということがあって…」

「そうか…」

本棚を背にした椅子に座って涙ぐみながら話すアド。レックスは眉をひそめつつ腕を組んだ。

「先生」

「ん?」

「言ってしまった言葉を無かったことにすること、できませんか?」

レックスはアドを見た。彼女は今にも泣き出しそうだ。
レックスは眉を下げて少し微笑んだ。

「そうだなぁ。言葉を取り消すことができたら、どんなにいいだろうか。でも残念ながら、人間の言葉はなかったことにはならない」

「……そう、ですよね…」

アドは肩を落とした。

「わたし、なんであんなこと言っちゃったんだろう。本心じゃないのに、ついムキになって…フォンスを嫌なやつって思うこともあるけど、それ以上に友だちなのに。フォンスを傷つけちゃった…」

レックスはアドの肩に手を置いた。

「言ったことは二度と元に戻らない。それなら、ちゃんとまたアドの言葉でフォンスに本心を伝えるんだ」

見上げるアドにレックスは微笑んだ。

「言葉は凶器にも、薬にもなる。アドにはそれができるよ」

「…はい…!」

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次の日。

この日は朝から必修の授業があるため、アドは教室でフォンスを待っていた。

ガラっ。

教室の戸を開きフォンスがあくびをしながら入ってくる。

「…!」

アドも思わず席を立つ。

フォンスは立ち上がったアドに気づき、少し驚いた顔をした。
アドは緊張していた。

「…フォンス、おはよぅ…」

「お、おう。はよ…」

フォンスが当たり前のようにアドの隣の席についた。
なおも立ち続けるアド。

「座らねえの?先生来るぞ」

「あ…う、うん」

ごそごそと授業の準備を始めるフォンス。アドは思い切って言った。

「…き、昨日のことなんだけどさ!」

「昨日?」

「…うん。昨日、フォンスを嫌なやつって言っちゃったこと」

「…ああ。夫婦漫才のやつね」

「う、うん。わたし、あれつい口に出ちゃっただけで…!本当は、そんなこと思ってないから…ごめん」

すごく申し訳なさそうに謝るアド。その様子をフォンスはじっと見つめた。

「…わかってるよ」

「え?」

「お前の気持ちはわかったって」

「…許してくれるの?」

「あのさ。マリナが言ってた夫婦漫才って、もともとは本当に夫婦がやってた漫才らしいけど、今は別に夫婦じゃないパターンもあるんだよ」

「え、そうなの!?」

「夫婦みたいに仲がいいってこと」

「な、なんだあ〜。それじゃ、本当にマリナが言ってた通りだね!」

フォンスはきょとん、とした。

「あー、フォンスとも仲直りできて良かった!私も授業の準備しよ〜…って、あれ?今日って課題提出日だったっけ?!私昨日もやもやし過ぎて途中までしかできなかったの、フォンス見せて〜!」

フォンスはそっぽを向いている。

「ちょっと、フォンス?おーい。あれ?顔真っ赤だよ?どうしたの?」

「…ほっとけ。あと、課題は自分でやれ」

「そんなあ〜〜」


次回に続く

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