万人に受ける音楽は"アート"か"デザインか

約8年ほど前、追いかけていたニコ生主がいる。今でもたまに生放送の通知が来る。「元気なんだなぁ」と思いながら、彼の通知を受け取るとこんな言葉を思い出す。

「イラストの大学に通っていて、絵について学んでいる。」
「そこで気づいたことがある。」
「"絵"って,10人が見て1人が理解できればアートだし、10人全員が理解できるのがデザインなんですよ。」

絵をかきながら「ほえー」と、まぁバカな顔して口空けて聞いていた。
確かに、アートとしての絵、イラストは全員が完璧に理解できるものではない。ピカソのゲルニカだって、パッと見たら描きたいもの付けたし付けたしして出来上がったおっきい絵に見えるし、その絵画に「この絵は戦争の~~~」という説明が加わってやっとわかるものだ。いや、見た瞬間にわかる人もいるのだろうが、これは理解度が高い人なのだ。普通はぱっと見しかわからない。
だからこそ、パッと見て「これは男子トイレの絵」とわかるのはまさしくデザインである。いつどこで見ても「あぁ、ここは車いすなどの自動車専用の場所だ」、「あぁ、歩行者専用か」などと理解できるのはデザインであるほかない。絵の中ですべてを伝えきり、かつそれ以上の情報がなく、説明が不必要であることがデザインなのだ。一個人の解釈を100%納得して受け取った。

ここで、ふと考える。

芸術には絵の他に音楽という分野がある。
音楽は数字がわかりやすく、CDが何万枚売れました、何千万DLいきました、PV何億回再生などわかりやすく数値化されている。
この音楽は、10人が10人理解されているものがある。
この人の話であてはめると、この音楽は「デザイン」なのか?

例を挙げる。
世界広く知られている音楽で言えばクラシック。
ベートーヴェンの交響曲などがいい例かもしれない。曲調からタイトルへの理解が深まり、この曲が何を示しているのかがわかる。これは果たして「アート」として成功しているからなのか?それともこの曲が「デザイン」されているからなのか?

例を挙げる。
国民に危険を知らせる「Jアラート」がある。
聞いた瞬間「怖い」と思わせるように大学の教授が考えて作成したらしい。
曰く、「不協和音を混ぜ、ゴジラの音楽をもとに作成しました」とおっしゃっていた。確かに聞くと不安をあおり、聞いた人の注意を引くようにできている。果たしてこれは、人間が感じるようにできている音の要素に訴えかけて作成された「デザイン」なのか?それとも、ゴジラのBGM=怖いもの、と深層心理に訴えかけることで注意を引かせる「アート」がなせる業なのか?

有識者に、聞いてみたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?