🇲🇳モンゴルは本当にキリル文字を止めるのか？

2020年7月7日 20:36

今までぼちぼちモンゴル関係のツイートをしてきましたが、私が投稿した"The Times"紙の記事がツイッターでバズっています。現状で300以上の「いいね❤️」と200回以上リツイートされる結果となりました。

モンゴルが2025年までにキリル文字の使用をやめてモンゴル文字を復活させる計画を打ち出したらしい。https://t.co/rAZzy1N3Gj
— Masaya-san@言語・IT・フードダイバシティ (@masayasan201911) July 7, 2020

しかしながら、Twitterの皆さんの反応を見ていて、この情報は正しいのだろうか疑問に思いました。確かに"The Times"は知名度のある情報源です。ただ、これほどインパクトがある出来事なら、英文だけでなく邦文でも伝えられるだろうし、外交的にも影響が出る結果になるでしょうから(外務省でモンゴル語を学んでいる外交官の若手は将来のためにモンゴル文字も勉強しなくてはならなくなるでしょうし)。

日本でモンゴルはお相撲さんに代表されるように知名度は全く低いわけではありません。しかしながら、モンゴル現地の情報はなかなかわからないというのが実情かと思います。そのため、モンゴル好きの皆さんのために今回人肌脱いでみようと思いたった次第です：

拙いモンゴル語能力を使い、今回の文字改革は、英語ではなくモンゴル語の情報ソースでどのように言及されているのかファクトチェック(真偽確認)してみました。

The Timesの記事

まず"The Times"記事です(1)。大きな目玉はこちらになります。なお、下記、特に言及がない限りは拙訳と考えてください：

スクリーンショット 2020-07-07 18.47.17

モンゴルはソビエト時代に採用されたキリル文字を置き換えて、2025年までに伝統的なアルファベットの使用を再開することを告知していた("Mongolia has announced plans to restore the use of its traditional alphabet by 2025, replacing the Cyrillic script adopted under the Soviets...")
　※太字は筆者によるもの

上記にあるように「モンゴルはキリル文字を撤廃するのか？」ということが今回の記事の大きな争点になります。

まず、今私が見つけられている情報の範囲でみると、モンゴルは次のような言語政策に舵を切ったようです。；

①「2025年までにモンゴル文字を公務中心に大きく導入できるようにする」
②「キリル文字とモンゴル文字は併用する」
③「2025年以降、モンゴル文字への切り替えは諦めていない」

従って、該当する"The Times"の記事は正確ではないと思われます。モンゴルに期待してくれた方、申し訳ありません。

Монцамеの記事

「まずこれだけ大きな出来事なのだから、新聞に取り上げられているに違いない」

そう思いチェックしたのは「モンツァメ(Монцаме:モンゴル電子ニュース)」です。

予想通り、同新聞に2020年3月18日に採択された言語法が載っていました。

Монцамеの記事の信憑性

まず大きく助けられたことがあります。それは、この記事がどこからかまるまる転記しているだけの記事であることでした(参照元なしで丸々転記しているマナーもメディアとしてどうなのか、ということもありますが)。

同メディアが転記してきたオリジナルはどこかはわかりませんが、政府の公文書と内容が同じであることは確認できます。そのため、政府の見解と同じ出ることは確認できます。脚注にリンクを貼りますが「モンゴル国政府採択文書」のpdfになります。Дугаар 96(第96章)が該当する番号になります(2)。

モンゴル文字国民計画

正式な日本語訳はわかりませんが、"Монгол бичгийн үндэсний хөтөлбөр"と呼ばれる一連の言語政策の流れがあるようです。

名前がまるでエヴァの「人類補完計画」のようですが、ここでは仮に直訳して、「モンゴル文字国民計画Ⅲ」と呼びます。今が"Ⅲ"であることからわかるように、今までもモンゴル文字普及を目指し、ⅠからⅡの言語政策が用意されてきたようです。

この記事によると、概略でモンゴル国はこれまでに実施してきたモンゴル文字の普及がうまくいっていないことを認めています。

しかしながら、モンゴル文字の全国民への教育、公共空間への導入、モンゴル文字が使える環境整備に力を注いできたが、適切に完遂されてきていない。
("Гэвч “Бүх нийтэд монгол бичгийг сургах, нийтийн хэрэглээний бичиг болгох, хэрэглэх орчин бий болгох” зэрэг зорилтууд хангалтгүй хэрэгжиж иржээ.")

その結果を踏まえ、今回2025年をXデーとして、モンゴルは何を掲げているのでしょうか。同記事の"2.1. "によれば：

①モンゴル文字の教育、研究、それから適用のために、公務におけるキリル文字とモンゴル文字の環境を作り上げること
②将来におけるモンゴル文字への完全移行を確実にすること
"2.1. 2025 оноос төрийн албан хэргийг кирилл болон монгол бичгээр хөтлөн явуулах, цаашид бүх нийтээр монгол бичигт шилжихэд монгол бичгийн сургалт, судалгаа, хэрэглээний орчныг бүрдүүлж, бэлтгэлийг бүрэн хангахад хөтөлбөрийн зорилго оршино."

従って、2025年まではどちらかというとモンゴル文字導入の事前準備のような位置づけを担っているようです。この「モンゴル文字国民計画Ⅲ」が成功した暁には、ひょっとすると「モンゴル文字国民計画Ⅳ」が2025年にでき、キリル文字撤廃に向けてモンゴルは更なる一歩を進むことになるのではないでしょうか。

The Times"はおそらくこの部分と2025年というキーワードを混ぜてしまったのではないかと考えます。

なお、「モンゴル文字国民計画」のおそらく、１に関する採択内容については法令系文書のアーカイブで読めます(3)：

モンゴル文字の電子化について

一方でモンゴル文字の電子化はどうなっているのでしょうか。

モンゴル文字の電子化はデベロッパーが諦めていません。2019年度には上記のような新ソフトが開発されており、上記の記事によればダウンロードができるとのことです(私は試していません)。

なお、スマートフォンをお使いになられているモンゴル語ユーザーはすでにご存知かと思いますが、iOSなどですでにモンゴル文字の縦書き用アプリとキーボードが使えるようになっています。

ただし、専用アプリの外でモンゴル文字を打つと、横文字になってしまいます。第一に入力するプログラムが横書き文明の産物です。横書きが標準なものですから、モンゴル文字を完全に使えるようにするとなると、システム的に無理があるのではないでしょうか。無理やりにでも「横書きにしてしまう」ことがIoT時代にモンゴル文字がうまく処理されるソリューションになっています。

終わりに

今回の件では皆様に大きな関心を寄せていただいたことにより、自分のメディアリテラシーもまだまだだなということを思い知らされました。感謝申し上げます。それと同時に自分のモンゴル語能力の低さを改めて見直す機会になりました。

ただ、今回の件でわかったのはSNS上でモンゴルに関心がある人が意外にも多いのではないかと、ということです。

私の専門はモンゴルではありませんが、引き続き少数民族やあまり日本では馴染みのない中東〜中央〜北アジアの言語環境、言語そのもの、食文化などについてNoteで執筆できればと思います。

お気に召しましたら、脚注の本を購入して頂いたり、サポートして頂けると文献が手に入りやすくなるので助かります。引き続き、応援をお願い申し上げます。

参考

(1)Didi Tang, "Mongolia abandons Soviet past by restoring alphabet", https://www.thetimes.co.uk/article/mongolia-abandons-soviet-past-by-restoring-alphabet-rsvcgqmxd?fbclid=IwAR0fZTFi76EsEWJPt12q6pYeWq9hnMIwgmZAEbr2lBlSOpuAz-UynD7nO_s (2020/7/7閲覧)
(2)Мандал Сум, http://mandal.se.gov.mn/beta/upload/files/Mongol-bichig-96.pdf (2020/7/7閲覧)
(3)Эрх Зүйн Мэдээллийн Нэгдсэн Систем https://www.legalinfo.mn/annex/details/3283?lawid=6353 (2020/7/7閲覧)

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