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心の毛布のような詩集、『あまいへだたり』

藤本徹さんの『あまいへだたり』を読みました。詩集ですが、前回感想を書かせていただいた『雨をよぶ灯台』とは違い、こちらは言葉が易しく、難解ではありません。ですが、易しくさらっと読めてしまいそうな言葉の中に、どれだけ深い世界が込められているのだろうと考えると、ふいに泣きそうな気持ちになってしまいます。

この本を読んで感じたのは、とにかくこれを書いたのは優しい人なんだなあ、ということ。

言葉が易しいということもありますが、こんなところにも眼差しを、注意を配る人なんだなあと、向けられる視線が、視線がとらえる描写が、とてもあたたかいように思いました。

普通の人であれば、さっと通り過ぎそうな、背景の一部として溶け込んでしまいそうな部分にも足を止め、心に留めるように、文字でスケッチをしていく。それは色のふんわりとした、やわらかな風景画を描いているような感じで、とっさに印象派画家のモネの絵のようだと思いました。

モネは同じ風景でも一刻一刻と変わっていく、まったく同じ風景などありえないと、風景の中でも特に光の移ろいなどを多く描いていましたが、それに通じるものがあると思います。

小さな変化でも、小さな命でも、小さな息遣いでも、見逃せない。それが、この詩集の著者のかたの優しさなのだと感じました。

ですが、優しさと同時にこの本から読み取ったのは、どうしようもなく著者についてまわる孤独感でした。

著者のすべてに目を向けて眼差しを注ぐ優しさゆえに、今自分の視界に入ってくるものが永遠ではなく、いつか消えてしまうことをわかっている。それを感じたとき、彼は自分がどうあがいてもひとりなのだとさとり、涙を落とします。

それでも、世界を描くことをやめられず、世界にあるひとつひとつのものへと愛情を向けます。自分がすりへるとわかっていながらも、世界を味わうために筆を走らせます。

「口の中で
 つぶれるいくらの味
 なにもかもが
 生まれては
 消えていき
 ふれそうでふれられない
 (中略)
 そこはきっと
 帰るところなんかじゃなくて
 おおきな空白
 みたいなもの
 だから埋められない距離を
 もどかしい
 このぜんぶをもっと
 味わいたい
 (中略)
 なんてことだろう
 こんなにも
 甘いだなんて」
(藤本徹『あまいへだたり』「イクラの味」より)

イクラのあの小さな粒にこんなに想いを向ける人がいるだろうかと、そのことに泣きそうになります。

めちゃくちゃどうでもいい話なのですが、私はこの本を腹痛に苛まれながら読んでいました。誤解がないように言いたいのは、この本のせいで腹痛になったのではなく、もともと腹痛だったのですが、それでもこの本は寝転がりながらでも手に取りたいと思いました。

それは、ここに書かれる言葉がとにかくとても優しいからです。こんな優しい言葉を紡ぐことのできる人が、世界の片隅にも目を留めてくれる人が、その目を留めたものに対して泣いてくれる人が、この世界にもまだいる。そう思うと、心が穏やかになるのです。まだ、この世界も捨てたものではないなって思えます。

あったかくて居心地がいいから、毛布にくるまってぬくもりに包まれるのを求めるように、この詩集を手にとるのです。


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