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装丁も言葉も美しいーー『ブッシュ孝子全詩集』

まず、シンプルなのに味わいのあるおしゃれな表紙が好きです。絵の具のにじみで陰影が表されているところに味があると思います。

ぽつんと佇む木馬を地面に座った女性がひとりで見つめています。ふと目線をあげた先にその目線を受け止めるようにただそこにある黒い木馬。その姿はその敏感な感性故に「私をよぶ無数の声」や「暗やみを一人さまよう者達の声」を感じ取ってしまうこの本の著者であるブッシュ孝子さんのように感じました。

次に、手にとったときに手にさらっとなじむ手触り。いつまでもなでていたい気持ちになる紙の質に、やっぱり実際の紙の本はいいなあと思います。

そして、中を開いたときに、まっさらな白いページの真ん中に佇む、静謐な言葉たち。その味わいのあるフォント。この言葉にはこのフォントだなあと思わず頷いてしまうぐらい、構成がよく練られているなあとその美しさに思わず溜息がこぼれます。

そこに紡がれた言葉たちからは、存在を見つけてもらえずに、言葉にならない叫びをあげ続ける人やものが隠れている暗闇に覆われた場所に明かりを灯し、そっと手を差し出すようなまなざしが伺えます。

「素直なことばで
 本当のことだけを語りたい」

「みんなが歩みたくない人生を歩いている
 それでも一生けん命歩いている」

その場をうまくやり過ごすため本音を押さえて毎日を乗り切っているストレスフルな社会人にとっては「ウッ」と刺さってくるひとつめの言葉。

それでも、「子どもの頃は誰もが自由な人生を送れると思っていたけれど、本当にそうできるのは、わずかな幸福な人たちとほんのわずかなおろか者たちだと知った」と綴った後に来るふたつめの言葉からは、今にもくじけそうで倒れてしまいそうな人の背中に後ろから手を回してぎゅっと肩を抱いてくれるような、そんなあたたかさが感じられる気がします。

「”おかあさん 貴女の娘はやっぱり
 貴女の娘でしたか”」

これを読むと、まぶたの裏が熱くじーんとしてきます。文章を読むことで、心がきれいにろ過されていく感覚。

これは、誰も信じようとしなかったにもかかわらず、「おかあさん」だけが「私」のことを「お前にはどこか素晴らしいところがある」と言ってくれたときを描いたもの。根拠はないけれど、おそらく「母だから」というたったひとつの理由だけでそう信じる「おかあさん」のどこまでも深い愛を、そんなに多くない数の言葉たちから、際限なく奥へ奥へと広がっていく深みを感じ、「詩ってすごいなあ」と感じました。

「誰が何といおうと
 これは私のほんとうのうた
 これは私の魂のうた」

「はしくれははしくれらしく
 はずかしくない詩を書こう」

文章を書くオタクの背中まで押してくれる。「そうだ、好きなものを書かせろ!」という気分になりますし、胸を張って好きなものを書いていきたいなあと思います。もちろん端から人を傷つけるために書くのはいけないですが。

「私を見つめるあなたのひとみの中に
 これこそ愛というものをみることがある」

こういうふたりを書いてみたいですよね、っていう。

「あやまちは人間をきめない
 あやまちのあとが人間をきめる」

この一文、はっとさせられます。大切なのは、そこから何を学ぶか。

「ああローソク
 お前の丸やかな静かなひらめきの中には
 古しえからの無数の灯と
 古しえからの無数の人の祈りとが
 ひそんでいる気が私にはする」

静かに小さくゆらめくその光に、著者は太古の昔から人とともにあったその歴史とそこに込められたであろう祈りを見ます。それはほぼ「永遠」に近いーーはるか過去からなくならなかった、想いの息の長さを感じさせるのではないでしょうか。

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