2019 群馬大学 教育学部 国語 小論文 模範解答

 本文Aでは、中高生が他者から受けた言葉がそのエピソードととともに紹介されており、言葉を受け止める中高生たちの感性の素晴らしさや、言葉の受けとめ方の意義深さがうかがえる。本文Bからは、本質的なコミュニケーションの力とは、言葉に詰まったり、言い直しをしたりする不完全な私たちが、言葉を受けとめつつ、お互いの不完全さを補完し合い、支え合いながら、対話において相互の関係を育む力だということがわかる。
以上のような本文からの示唆を鑑みた場合、私たちの社会生活に必要な言語コミュニケーション能力とは、どのようなものであるべきだろうか。現代社会に生きる私たちには、コミュニケーションにおいて対話の姿勢が欠ける傾向が見受けられる。たとえば、一定の匿名性が保証されているインターネットの言論空間において、他者の発言や意見を「論破」したり、非難することに言葉の力が注がれ、建設的な対話を行う姿勢が見られないからだ。しかし、これからの社会では、異質な他者の意見を受け止めながら、妥協点を探しつつ、建設的な対話を構築することが求められると考える。というのも、現代社会はグローバル化が進行し、考え方や価値観の異なる人々と共生していくことが必然となってきているからだ。したがって、私たちの社会生活に必要な言語コミュニケーション能力とは、他者との対話を育む力だと考える。
本質的に対話という行為は、自分とは異なる異質な他者に対して向けられるものだと考える。というのも、自分と同じ考えやあり方をしている存在は「私」の了解の範疇にあり、わざわざ話しかけたり、言葉を投げかけたりする必要がないからだ。したがって、自分とは異なる存在だからこそ、言葉を投げかける意味が生まれると考える。それゆえ、まずは、言語コミュニケーションの土台として、異質な他者の存在や言葉をそのままに受けとめ、認める力が必要になると考える。(786字)

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