2019年度 福島大学 人間発達文化学類(教育実践コース、心理学・幼児教育コース、人文科学コース)小論文 模範解答

オープンチャット「大学入試 小論文 対策相談室」


問1 400字以内
筆者はまず、教育には統治ないし義務という側面と、サービスという側面があると指摘する。そのうえで、第二次大戦後の日本の教育においては、本来ならばサービスとして理解されるべき部分が義務として教えられてきたが、義務として教えられるべき本来の内容は、読み・書き・算術と遵法教育のみであって、それ以外のすべての教科はサービスと見なすべきであると主張する。しかし現状では、学校での教科数や授業時間数は増える一方であり、さらには高校も事実上の義務教育となっている。こうした学校教育の一方的増加によって、統治とサービスの区別は曖昧になり、また、教室外の社会そのものが持っていた教育機能も低下してしまった。こうして、公教育が肥大化し、社会の教育機能が減少した結果、個人が自由に設定し、自由に過ごすはずの「ゆとり」が学校教育における義務の一環として導入され、いわば強制されたゆとりという奇妙な事態が生じているということ。(400字)
 


問2 800字以内
筆者によれば、戦後の学校教育は肥大化し、本来義務でないものまで教えている。そのため、過剰になっている義務としての教育の内容を精選すること、同時に、それ以外のサービスとしての部分を学校教育の外、つまり社会に委ねていくことが必要であるとされる。いいかえれば、教育を学校任せにするのではなく、個人が実社会のなかで自由に内容を選び、社会もそうした自発的な個人を教育することが必要である。そうすることで、家庭や地域といった社会が持つ教育機能が取り戻され、親も地域社会も責任をもって子どもを躾け、教育するようになる。こうした社会全体での教育こそ本来の教育だと筆者は考えている。
これに対して、私は、学校教育の内容改善には賛成であるが、具体策もないまま学校の外に教育を任せることには反対である。筆者は、学校教育の内容を減らし、それ以外の時間で子どもが自発的に教育内容を選ぶべきだと述べる。しかし、子どもが選べる教育は、家庭や地域によって大きく異なる。ボランティア活動や習い事にしても、大都市圏であれば複数の選択肢があるが、人口減少が進む他の地域では、そもそも選択肢が存在しないため、子どもが選びたくても選べないという事態が生じる。また、こうした地域格差に加えて、各家庭の状況によっても子どもの選択は制限される。厚生労働省によれば、児童虐待相談の対応件数は近年増加し続けており、身体的虐待だけでなく、性的虐待やネグレクトなど、家庭における子どもの立場は決して安全だとは言えない。このように、地域や家庭によって自由に選べない子どもがいる以上、単に学校教育を縮小するだけでは、教育の絶対量の減少と偏りが生まれてしまう。いいかえれば、筆者の主張は、社会の教育機能の回復という名のもとに、子どもから教育機会を奪うことにつながると思われる。したがって、学校教育の縮小は、上記の社会問題の解決と併せて行われるべきである。(795字)

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