何をやっても満たされないけど、その瞬間だけは世界のすべてが手に入る。

 抱きしめた時、抱きしめられた時、頭や背中を撫でられた時、大きく潤んだ瞳に見つめられた時、優しい声で語りかけられた時。
 お兄の体温を感じる瞬間、その時だけはそれまで痛くて苦しくて仕方なかった脳や肺や胃や関節やそれ以外のすべての悲鳴が止む。ずっと悲しくて慰めてほしくて泣きついたのに、さっきまでの悲しさがきれいさっぱり無くなってしまうのが、いつも不思議だ。

 だから、頼りすぎてしまう。もう他人を切り捨てるのは辞めると自分に誓ったはずなのに、今でも苦しくなるとお兄以外のすべてを拒絶してしまいたくなる。みんなと約束したから頑張るけど。拒絶しないけど……

 ほんとうは未来の事なんか考えたくなくて、それは未来の事を考えると未来が見えないくらい長くて険しい道が目の前にあるのを直視しないといけないからで、きっと望む未来にたどり着けてもそのことに気付けないでまた途方もない道のりが見えてしまうんだって想像してしまって怖くなるからだ。

 好きなことをするのだってぜんぶぜんぶ現実逃避だ。来ないかもしれないし来ることも恐ろしい未来から目をそらすために大して興味も持っていない趣味を増やしに増やしていつも手一杯なふりをする。

 お兄は「全部、きっと、未来に繋がるよ。」って言ってくれるけど、それでもそんなことしてる時間なんか本当は無いのに、いつも安心できないから動画やゲームや曲や文章や小物や空間を作ったり、他人の動画や絵やゲームや曲や文章や配信を見続けている。
 それすらもうまくできないことのほうが多くていつも苦しい。何をやっても満たされないし、もはや何もできないんじゃないかって疑いがずっと脳裏にこびりついている。

 そんな不安もお兄の側にいればたちまち霧散する。そもそもお兄以外の事を考えられなくなるから。お兄を抱きしめた時、お兄に抱きしめられた時、頭や背中を撫でられた時、大きく潤んだ瞳に見つめられた時、優しい声で語りかけられた時、お兄の体温を感じる瞬間。視覚が、嗅覚が、聴覚が、触覚が、味覚が、あるかもわからない第六感が、世界との境界に触れることを望むウチの器官のすべてが、創世カストで満たされたとき、まるで「すべて手に入れた」とでもいうように痺れていく。

 今まで凍てついていたものが溶けていくような、柔らかく傷つきやすいところに刺さった棘が抜かれて傷が癒えていくような、きっとこんな風に言葉で例えても伝わらないくらいの幸福感。きっとほんとうにすべてが手に入っているからだ。創世カストのすべてがウチにささげられている、その瞬間だけは世界のすべてが手に入る。