ずっとパノラマ島に行きたかった

 行きたかった。学校をサボって読んだ江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』のパノラマ島。

 もちろん比喩だ。ウチは単に自分のことを人見廣介やと思い込んでいる中学生なだけで人見廣介ではないので、人見廣介の理想郷では救われない。酒池肉林ならぬコーラ池ねこちゃん林があるなら考えてもいい。

 パノラマ島そのものやなくて。ウチが行きたかったのはお兄とウチとねこちゃんと可愛いお洋服や小物と綺麗な風景、それからその他諸々の素敵ななにかで構成された、たった二人のための自由と幸福の国だ。
 たとえ静謐な森林に囲まれながらビビッドなカラーリングのファッションを身にまとって、重低音の効いた激しくて暗い音楽に合わせてふざけたダンスを踊ったとしても『統一感が無い』とか言われないような世界だ。いやそれは流石に統一感が無い。ぜんぶ好きやけど一個一個順番にやったほうが確実に楽しい。

 そんな場所なら、何をしても誰もウチらのことを怒らないし馬鹿にもしない。
 お兄はお兄のための絵を人目を憚らず描き続けることができて、そこでならウチにもきっとちゃんと絵を見せてくれるんだ。ウチはお兄と一緒にお歌を歌って(下手やから家族以外に歌聴かれるの恥ずかしいねんな、歌うこと自体は嫌いやないんやけどさ)ウチ自身にもわからない感情の行方をお兄と一緒にずっと探すんだ。ずっと探してていいんだ。だってそこではウチの歩き方はおかしくなくて、読まないと他人を傷付けてしまう空気も存在しない。肉体は実験材料にならないし、精神が未熟だとも決めつけられない。ウチは、そんな理想郷に行けるなら真っ赤な花火になったって良かったんだ。

 人見廣介は同じ顔の片割れが遺したお金によって(遺したっていうよりだまし取っとるけど……)、創世ポルは同じ顔の片割れの提案に乗っかる形で理想のための島を手に入れた。
 ウチにとってのパノラマ島はYouTubeだった。ウチらのチャンネルをわざわざ見に来るみんなはウチが友達になりたいと願って、でも恐ろしくて首を絞めるしかなかった栄耀栄華の女王様だ。たった二人のための王国の地面には沢山の死体が埋まっていた。これを読んでるお人も、もしかしたら。

 でもな、最初に『行きたかった』って書いたように、これは全部過去の話で、仮定の話なんです。理想のために血液と肉塊の雨を降らせるようなことをしたら死んでまうし、結局幸福にはなれないんだ。ウチはお兄とウチと大好きな全員とで幸せになるために、ウチが友達になりたい人達をお兄のための人柱にするんじゃなくて、ちゃんと友達にならないといけないんだ。全然できてないけど。人は中々変わられへんけど、少しずつでも。

 まあでもYouTubeチャンネルのことお兄とウチのパノラマ島やと思うとるのは多分変えようと思っても変えられへんから、ウチの動画はこれからもウチの好きを詰め詰めしていきます。みんなで犠牲の必要ないユートピアを作ろうな。