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誰が、どんなアートをオンラインで買っているか?

アート・バーゼルのオンライン・ビューイング・ルームが 6/19 からオープンする。それに合わせて、フィナンシャル・タイムで一連の記事が公開されていて、そのうち気になった記事について考えたことをテキストとして残しておこうと思った。

オンライン・ビューイング・ルームによるデジタル体験の再評価が行われてるということ

アート・アドバイザー、アート・ライターの Melanie Gerlis 氏のテキスト、オンラインでアートを買っているのは、どんな人なのか、また、買った作品は、どのようなものなのか。

2020年の今の状況。この状況でアートを買う人がいるのだろうか?世界的なパンデミックによる経済混乱、香港をきっかけとした米中の更なる緊張と社会不安、また人権に関する一連のデモなど。おおよそ守りの時代に見えており、誰が、何が、生き残るのか見当もつかない状況が現れた。こんな時代に、アートを買うという行為に及ぶことができるのか。恩恵を受ける企業とそうでない企業、全体を通してみれば、不利な状況に置かれているプレイヤーが大半だろうと想像する。

コレクターで慈善家の Anita Choudhrie 氏は、今のところ美術品を買うことは考えていないと言う。彼女はホテルと航空会社のビジネスをしているため、この状況に対する影響をまともに受ける。もちろん影響を受けていないコレクターもあり、ヘッジ・ファンドのビリオネア Ken Griffin 氏は、1億ドル以上でバスキアを買ったという。

アートアドバイザーの Emily Tsingou 氏は、「アートコレクターは均質なグループではないが、彼らが一つのグループとして観察できるのは、おそらく今だけでしょう。1990年代や2008年の金融危機の時には、より保護された繁栄のポケットがありましたが、今ではどこでも共通の[ネガティブ]な経験をするようになっています」と話している。

どのような立場の人であっても、コロナ禍は平等に影響を与える。

僕はリモートワークによって、フラット化した社会が出現しそうだと思っている。勤務先の世界的なイベントで、上級取締役のメンバーと、ユーザーである事業会社の取締役、イベントに招聘された有名歌手、彼らも同じように自宅からイベントに参加していた。発表側と視聴側はあるものの、皆が皆、透明なスクリーンに話しかけている。

リモートワーク明けに、新人の退職者が出ているらしい。

僕が「体験と経験」と呼んでいる事象だけど、リモートワークの体験は自宅の作業スペースでPCとモニターに向かい、リモート会議をしたり、メールを書いたり、チャットに反応したり。同じ体験であるが、スクリーンの先には、様々な経験が広がる。こうした均質化した体験は、フラット化を起こすのではないだろうか。

このニュースは、そうした事を裏付けしてくれているように思う。


Melanie Gerlis 氏のテキストに戻る。

Emily Tsingou 氏は、アート・アドバイザーとして国際的なコレクションにアドバイスしている。彼女によれば「まだ多少の買い付けは行われている」としつつも消極的であるとしている。「100万ドル以上の作品について、オンラインでは未見の作品を買わないコレクターのグループがある。」と彼女は説明する。これはセカンダリーもしくは、お気に入りのアーティストがあるコレクター向けのビジネスならば、影響は軽いのだろうか。一方で、「新しい若いアーティストを発見するのは、自分と作品の間にスクリーンがあると非常に難しい」と Tingou 氏は話す。

買い付けが行われているのは、よりよく知られていて、すでに需要があり、すぐにレスポンスのある現代アーティストの作品です。例としてアフリカ系アメリカ人の Rashid Johnson 氏の作品を挙げている。彼のシリーズは、4月のオンライン販売で完売し、Hauser & Wirthは、アート・バーゼルのオンライン・ビューイング・ルームで47万5000ドルで展示する予定。


オンラインでアートを販売する。


オンラインに限らずに、100万ドルを超えるアートをコレクターに販売するためには、アート・アドバイザーが不可欠なのだろうか。実態は知らないのだけれど、中間に人手が入れば、必ずマージンが乗るはず。そうしたマージンが、アート・ワールドにも必要だろうとは思うけど、他の産業では排除されてきた。

アートはコモディティ化されない。

あえて関所があるのかもしれない。

ただ、そうした状況は、いずれ干からびていってしまうのではないだろうか。

新しい人が、如何にアート・ワールドに入るのか、コレクターもアーティストも、ひょっとしたらアート・アドバイザーに発見されなくとも、直接コレクターと繋がることができるのか。しばらく泡のような、ねじれのような、そんな状況が続くのではないだろうか。


ロンドンのギャラリスト Pilar Corrias 氏が「現代にふさわしい」として展示するのがフィリップ・パレーノの《Fraught Times, UK 22nd-23rd March 2013》(2020)。雪の中のクリスマス・ツリーを描いたステンレス・スチールの彫刻。彼女は「世界的なエコロジーの危機と、私たちが自分たちのために作り出した世界の厳しい現実に対する私たちの自己満足。」と説明する。

実にフィリップ・パレーノらしい作品だと思う。ピエール・ユイグもフィクション的な祭典に注目し、特にクリスマスやハロウィンをモチーフにした作品をいくつか作っている。こうした作品が自宅から鑑賞できるというのは、やはり、とてもすごいこと。

Pilar Corrias 氏は、今のところ、売上を上げることに関してはポジティブにとらえている。「ロックダウンが始まった当初は、アート・バーゼル香港のオンライン・ショップで大成功を収めていたが、この期間中も売上は好調を維持している。」ヨーロッパで本格的にロックダウンが始まると、彼女はアーティストとコレクターに「私のビジネスは安全であり、私がすべてを管理していることを彼らに安心させるために」電話をかけた。

やり手である。

ヨーロッパに本社のある僕の勤務先でも同じことをしたから、ヨーロッパの基本的な商習慣なのかもしれないけれど。


ニューヨークのディーラー Sean Kelly 氏は、ターゲットを絞ったアプローチがビジネスを継続させるための最良の方法であることを知っている。「我々の市場では、散在したアプローチは今は評価されていません、コレクターは仮想的な情報に氾濫しています」と彼は言います。

これも前述と同じこと。現時点のビジネスは新規客の獲得よりも既存客へのケアが大事な時期。ただ、北米や、欧州よりも、日本の方が災厄に強いような印象を持っている。世界のビジネスの投資が抑制、制限される動きを見せる中で、日本企業は、変わらなくてはならないという意識が、他の地域よりも随分高い。これは、デジタル化が遅れていたことの危機感が表出したのかもしれない。


Sean Kelly 氏は、オンライン・フェアや展示会から報告されている売上の一部は、「大幅に過大評価されている」と考えているが、「ビジネスは、よりゆっくりと、より考慮された方法で行われている」と。これはオンライン販売に適していると思われる低価格な作品だけではないようで、「ここ数ヶ月で7桁の作品が売れました」と主張する。彼は、現在のアートがオンラインで販売されている方法にはまだ納得していないが、市場に意味のある未来を与えるためには、テクノロジーを受け入れる必要があると考えている。こうした柔軟性、状況に応じて、ゲームのルールを変化させるのがアメリカの強さのひとつだと思う。

アート・バーゼルのオンライン・ビューイング・ルームに出している彼のギャラリーの作品には、Marina Abramovićの「Self Portrait with Skeleton」(2003年、18万ユーロ)や、Jose Dávilaの新作「Untitled (Les Ménines)」(2020年、7万5000ドル)などが含まれている。
ニューヨークのディーラー Edward Tyler Nahem 氏は、彼の初のバーチャルフェアであるオンライン・ビューイング・ルームに優良アーティストを出品した。(中略)公開されていないセカンダリーマーケットでの販売は回復していると Nahem 氏は言い、売り手側には「絶望的な状況は見られない」が、多くの売り手は今のところ「より意欲的」であると付け加えた。

5月25日の George Floyd 氏の殺害事件は、アメリカにすべてを包み込むような恐怖をもたらしている。ビジネスをするには大変な時期ということ。


コレクターの間では "休眠期間 "の間に、今こそ金銭的な価値を超えて、芸術や文化とは何かを見直す時期であるという感覚があるという。Stellar 国際美術財団を運営しコレクターでもあるChoudhrie氏は、次のように語る。

アートの世界は、単に買うだけではなく、その周りの生態系が重要なのです

文化の多様性とダイバーシティ


Sean Kelly 氏のギャラリーでは人気ポッドキャスト「Collect Wisely」でコレクターにインタビューを行っている。そうしたコレクターが所有する作品の非売品展を開催。添えられたコメントでは、多くのコレクターが、現状の中で自分の習慣を振り返っている。

新型コロナウイルスが地球を、そして私たちの世界を一変させる前までは、私たちは仕事、学校、社交、そして、日々の活動の中で作品の前を通り過ぎるスピードを速めていた。世界が狭くなった今、私たちは前から所有していたコレクションの作品の前に立つ時間を持てるようになった。コレクションを充実させることに躍起になっていたが、自身のコレクションに向き合う時間ができた。

このような気付きは、私たちが知っているような市場を煽るものではないかもしれませんが、Sean Kelly 氏は、「私たちはすでにバランスを崩していました。この状況から賢く立ち直らなければ、すべてが崩壊の危機に瀕しています。」としている。


アフターコロナのニューノーマル、その後は気候変動との闘いに立ち向かえるか。




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